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 新堂が家を出た頃、日下から連絡が入り事件現場には来るなと言われた。辺りは騒然とし、警察や野次馬だらけだと。
 仕方なくそちらは日下に任せる事とし、新堂はタイランを匿っていると考えられる『カラン』と岩戸田の繋がりから希綿に情報を求めた。『カラン』と青樹組が互いに探り合っている事を知っていたためだ。
 希綿と直接会う事は無く、大崎を提供された新堂は彼を連れに警察署へ車を向かわせていた。
 警察署へ着くと手慣れた様子で部下がいくつかのやり取りを終わらせ、大崎を連れて車に乗せた。日下が手一杯のため、運転手はいつもと違う男だ。静かにアクセルを踏み込む。
 走り出してすぐに大崎は額に拳を当てて体の奥底から盛大な溜め息を吐き出した。隣には新堂の姿がある。

「まずったなぁ…すみません、新堂さん」
「構わない。それより『カラン』はどうなってる」
「え?!…なんで新堂さんがそのこと聞くの…?あっ…!まさか有沢ちんに頼まれたんスか。『カラン』なんて新堂さんと繋がりないっしょ」
「俺の目的が関係している。希綿さんに相談したら大崎を使えと言われたが、あんな所に居たんじゃ知るはずもねぇか」

 警察に一時的に拘束されていた事を鼻で笑われて大崎は言葉に詰まった。巻き込まれた一般人としても普通、これほど早く出る事は出来ないのだ。感謝以外のなにでもない。
 早朝、『ヴェスパ』での事件がまだ片付かない中、現場に居た者全員が一旦警察に身柄を拘束されていた。大崎もそのひとりだ。そして現在は出勤ラッシュが落ち着いた頃かという時間帯になろうとしている。
 後部座席、新堂の隣で項垂れている大崎自身は薬物に手を出していなかったものの、現場に居合わせていた。あれから死者が4人増え、周辺では大騒ぎになっている。どれもまだ二十代前半の若者ばかりで、中には清松もいた。大崎はどうにもならない気持ちで溜息を吐き出した。

「有沢ちん怒るかな。島津くんも蔵元くんも…西室くんも…」

 小さな呟きに新堂は答えず、車窓から外へ視線を変えた。

「新堂さん、俺に聞いても何もないっスよ。これで『ヴェスパ』も暫く閉まるでしょ?完全に終わった…!くそっ!」

 大崎は後部座席のシートを拳で殴りつけ、怒りを収めようと深く呼吸を繰り返した。そんな大崎の様子に新堂が口角を微かに上げて一枚の紙を差し出した。

「次のハコだ。『カラン』は厄介だが、岩戸田は元々身内だしな。奴の動きは、まぁ予測できる。ついでにその写真の男を探してくれよ」
「うわ、建物デカ!吹き抜け二階建か…。でも、どうして俺に?…つか、誰スか。この男」
「前のクラブで薬を撒いた男、そいつが欲しい。俺みたいなのが若い連中のクラブて浮かないわけないだろう。情報屋を介するより大崎、お前なら早い。違うか?」

 試されるような言い方に大崎も口角を上げた。謎の多い新堂漣に頼られている事に少なからず優越感を感じない筈がない。

「…あんなに人が死んだのはこの男の所為ってことスか。『カラン』と岩戸田とこの男は繋がってるんスね?」

 大崎は新堂の持ち掛けた話に質問しつつも、すでに受けると決めて紙切れを懐へとしまっていた。
 立ち止まるより動き続けたい。大崎は慎重な性質だが、考えてから動くよりは動きながら考える人間だった。
 やる、と言う意思の伺える眼差しに新堂は向き合うように視線を向ける。

「簡単には答えられない。証拠は無いし繋がりも想像に過ぎん。だが、今回の件で青樹組は益々動けなくなるぞ。あのクラブには何人か組の奴が居ただろう。警察のマークも強まる。この好機に誰が何をするか。『カラン』は活動範囲を確実に広げるだろう。岩戸田は青樹組を潰したいのかもな。だがタイランは何が欲しいか未だ分からない」
「どいつもこいつも!…岩戸田が何をしたって青樹組は落ちませんよ」
「奴が組を欲しいとは思えないね」
「…有沢ちんと島津くんの話じゃあ、岩戸田は白城会に身も心も捧げてましたから、跡目争いの時、確実に岩戸田が継ぐところなのに新堂さんの肩持った奴らに復讐するつもりなんじゃって。…まさか希綿さんを…」

 大崎は親愛する希綿の身を案じて表情が険しくなる。目標が未来では無く復讐ならば本当になんでもしかねない。そういう人間は怖いものがない。

「岩戸田の目的がそれなら確実に俺も殺されるな」

 新堂はなんの危機感も感じられない様子で淡々と言った。本気なのか冗談なのか分からず、大崎がぽかんとしていると新堂はやれやれと目を瞑って静かにため息を吐き出した。

「岩戸田から潰すのが早いだろう。それから…」

 大崎は頷いた。続く言葉を待ったが、新堂は何も言わずに俯いたまま。

「それから?」
「いや、いい。着いた。降りろ」

 新堂はほんの数秒で切り替えた。
 郊外のホテルの地下駐車場に入り止まった車に大崎は首を傾げる。

「ロビーで島津が待っている。岩戸田の愛人、塩瀬カズマとその犬、洸嶋リョウを叩いて奴の居場所を聞き出せ」
「強引っスねぇ」
「これ以上多く死者が出られると不味いんでな。こっちも手段は選んでいられない」

 特に感情の感じられない事務的な言い方に大崎は眉を顰めた。人が死んで悲しい。助けられなくて悔しい。そういったものを一切感じられず、聞いていた通りの冷徹な人間なのだと思ってしまう。例え友人である想の恋人でも、「いい人だね」とは言えそうにない。

「えらくこんがらがってきましたけど、新堂さんを信じていいんスよね。希綿さんからの言葉と思っていいっスか」

 先程、警察署から出て来た頃とは明らかに雰囲気の変わった大崎に、新堂は目を細めて短く答えた。大崎は口角をあげて微かに頷く。
 岩戸田を捕まえた後タイランとの関係を聞き出して、繋がりを確実なものとできるだろう。大崎はそこまで出来れば満足だと思ったが、難しいのも確かだ。出来る限り優位を保ち、後は新堂へ引き継げば良いか。
 新堂はタイランの居場所が分かれば誘い出すなりして閉じ込め、エドアルドの方へ引き渡せば良い。事件で使用された薬がエドアルドたちの物だと断定出来ればタイランの理由など知る必要も無く全て終わる。

「上手くやりますよ」
「身の安全を第一だ。危なくなったら追うな。島津と想にもそう伝えろ」

 もちろんだと大崎は答えた。

「岩戸田に『カラン』との繋がりを吐かせたらどうしますか」
「そっちは希綿さんに任せるよ。俺が必要なら生きていようが死んでいようが始末する。こっちにはタイランをくれ」

 分かりましたと大崎は軽く頷いて車を降りた。すぐに車は走り出し、あっという間に視界から消える。スキール音ひとつせず、駐車場を静寂が支配した。

「…よし、やるぞ」

 行き詰まりかと思ったが、道は奥深くにあるのだと大崎は気合を漲らせてホテルへの階段を登り始めた。
 




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