遅番の蔵元と代わり、想はいつもより少し早めに帰宅した。新堂が店に来る気配も連絡も無かったため、今日も帰らないのだろうかと微かに気持ちが沈む。
 マンションの部屋に着き、鍵を開けると玄関に新堂の靴を見つけた。
 出迎えのもち太を撫でながら、想は靴を脱ぎ捨て駆け足でリビングへ。中を覗くとキッチンで新堂がウィスキーのグラスを片手に難しい顔をしていた。
 想の足音に新堂は視線をそちらへ向ける。

「早いな。俺も今帰ったところだ。そっちに行こうかと思っていたんだが」
「おかえりなさい!入れ違いにならなくてよかったです」

 今にも飛び付きたい衝動を抑えて、想は新堂の隣へ行った。彼の手にはアナログとも言えそうな書類の束。

「忙しいんですか?」
「そう見えるか?」

 質問を返され、想は頷いた。
 新堂は想の首筋を手のひらで撫で、顔を寄せて耳元に口付けをする。
 想はゆっくりと目を瞑り、唇にも求めるように少し顔を上げた。
 そっと閉じられた瞼に新堂は愛しさから口元に笑みを浮かべると、想の望み通り唇に触れた。
 すぐに離れた新堂を感じて瞼を上げた想の目が彼を見つめる。

「……それだけ?」
「これ以上欲しいのか?」

 想は意地の悪い顔で微笑む新堂を睨みつけ、ふんと顔をそらした。

「別にいいです。風呂入ってきます」

 踵を返してネクタイを緩めた想の腰に手を伸ばし、新堂は少し強引にその身体を引き寄せた。
 バランスを崩しかけた想は慌てて新堂の肩を掴んで体勢を保つ。

「っわ!ちょ、漣…!」
「そんな可愛い顔するな」

 何のことだと想が反論しようとしたが、さらに身体を寄せられて唇を奪われる。途端、ふわりと温まる心臓。口や態度では反発しても、心も身体も求めていた熱を得ると高まった。

「ん……れ、ん……」

 唾液を絡めた舌が想の咥内を優しく侵略してくる。ちゅっと音を立てて舌先を吸われ、下唇を甘く噛まれ想は身体が疼いた。
 ーーもっとして欲しい。待っていた。
 そう体現するように想は新堂の首へ腕を回して唇を合わせる角度を変え、自ら舌を差し出す。それに応えるように新堂はしつこいくらいに想の舌を舐った。
 唇を離す頃には顎まで微かに唾液が滴り、想は色気を滲ませた視線で新堂を見つめていた。その視線は変わらず、もっとと新堂を求めている。新堂自身にもそれはよく分かるほどに。

「満足したか?」

 新堂が男の色気を漂わせた笑みを残し、想の耳元に囁く。満足だと言えば終わるのかと思えば、そうではない。新堂の手は腰から想の尻へと滑り、スラックス越しにゆったりと揉んだ。腰を押し付け、熱の存在を主張する。
 想は背筋をぞくっととしたものが通り抜けるのを確かに感じた。求められている事が心地いい。

「……ひとりのベッドは寂しかったです」

 意地を張っても仕方ない。想は素直に新堂への文句を弱々しく吐き出した。 この男の前では嘘も吐けないのだ。
 新堂は優しく想の頬を両手で包み、熱のこもった視線を絡ませ合う。
 新堂の手に想も手を重ねた。

「それが自分だけだったと思うなよ」
「……うん」

 ふにゃりと顔を綻ばせ、こくりと頷いた想を新堂が甘い笑みで受け止める。その表情にさえ想は胸が温かかくなり重ねている手を少し強く握った。ふたりはそのまま再び唇を合わせた。想のまつ毛が小さく震え、ゆっくりと持ち上がる。期待に揺れる眼差しは壮絶な色気を放っていた。
 時折漏れるリップ音を繰り返し、存分に口付けを楽しんだ二人はシャツを脱がし合うように寝室へ移動した。身体をベッドに沈める。
 脱げかけたシャツをそのままに、想は自身の上にいる新堂の身体を抱き締めた。温もりに安心するように胸元に顔を擦り付ける。

「しばらくこのまま、駄目ですか?」
「あぁ?……ここまで来ておあずけだと?悪い男だな」
「うん、おあずけです」

 新堂の声はどこか可笑しそうで、想もそれに甘えるように頷いた。新堂の頬が想の頬に触れた。

「漣、好きです……」

 眠た気な想の囁きに新堂は答えるように名前を呼んだ。
 すぐに想は眠気に襲われ、静かに寝息を立て始めた。
  








 想が微睡みからゆっくりと浮上した時、一番最初に意識したのは頭を撫でる手だった。新堂はベッドに座っており、想は彼の腰に頭を寄せていた。

「……漣?」

 視線を上げて想が名前を呼ぶと、新堂か口角を微かに上げた。

「よォ、もう起きるのか?」
「ん……漣、寝てないの?」

 部屋の時計を見ると、まだベッドに入って3時間ほどしか経っていない。想が眠ってからも新堂は起きていたようだ。

「まったく、おあずけのまま寝ちまうなんてな」
「ご、ごめんなさい……」

 想は一気に顔が熱くなった。自分でも驚きの早さで寝ていまっていたのだ。
 のそのそと起き上がり、隣に座って新堂の手の書類の目を向けた。一枚の写真がホチキスで留められている。

「……誰ですか?」

 歳は想より上だろうか。アジア系の男だった。細い目と眉がきつそうな雰囲気を持っている。

「タオ・タイランと言う逃亡男だ。こいつの父親は大物なんだが、ふたりは仲が悪い。親に勘当された子供の暴走……と俺は見てるんだが、見かけたら教えてくれよ」
「迷子?」

 首を傾げる想に新堂は短く声を立てて笑った。

「どっかに隠れているんだろうが、依頼主の探し人だ。タチの悪い泥棒だよ」
「……人を探し出すのって、意外と難しいですね。特に隠れるのが上手い人間……」

 新堂の話を聞きながら頭の隅には岩戸田の顔が過る。
 想が黙ってタイランの写真を見つめていると、新堂に顎を取られた。くい、と顔を向けられ唇が触れ合う。すぐに離れたが距離はほぼゼロで、新堂の息遣いさえ感じる近さだ。

「何考えてる?」

 新堂の問いかけに、想は声の本人を見つめた。新堂だったらどこに隠れるだろうかと。

「漣なら……どこに隠れる?」
「そうだな……外国で人の多い場所。想も誰かを探してるのか。俺で良ければ力を貸すぞ?」

 小さく頷いた想の頬に唇を寄せ、低い声が耳をくすぐった。
 ハッとして想が顔を上げる。新堂が優しく視線を向けていた。想からの言葉を待っているようだ。

「……俺もそいつを探すの、手伝います。だから……その、岩戸田に繋がりそうな事があれば教えて欲しいです。大崎くんのために」

 普段、新堂にそう言った頼みをしない想だったが進展が望めない今、心からの頼みだった。新堂もすぐに頷き、思い返すように目を伏せた。

「光嶋リョウという男が奴の犬だ。「GOLD」と言う店で番犬をしている」
「こうじま、りょう……分かりました」
「大崎の仕事にしては遅いな。希綿さんはどうした?動きが静かだ」
「『カラン』は小さなグループです。希綿さんが動くことはまだないのかも。大崎くんの他にも希綿さんの部下は何人か『カラン』を追ってますけど、捕まるのはどれも下っ端や雇われの人間で、なかなか進展しないみたいです」

 己の胸に頬を寄せたまま、呟くように聞こえた想の話に新堂は数秒思考を巡らせた。

「………『カラン』……ろくでもないよそ者の集まりか。なるほどな」

 新堂の納得したようなどこか強い声音に想が首を傾げた時、新堂の携帯電話が震えた。切れることのない呼び出しに新堂はやれやれと震える物体に手を伸ばした。
 
 

 



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