「ただいま、漣」

 日付が変わった頃に仕事を終えた想は、帰宅後、着替えを済ませてベッド脇に膝を付き、眠っている新堂の頬にキスをした。
 触れるだけのキスひとつに、想は目の前に愛しい存在を確認することが出来て、満足そうに目を細めた。

「想、おかえり……」

 想の挨拶は囁くようなものだったが、新堂は微睡みながら挨拶を返した。
 そっと想の頬に触れてから撫でるように首の後ろへ手を滑らせ、誘うように引き寄せると、唇を重ねた。
 ゆっくりと舌を絡め、啄ばむようなキスを交わしてお互いの頬を合わせる。
 想は求めらて胸がきゅっと甘く締め付けられるのを感じながら、彼の耳元に顔を擦り付けた。

「おつかれさま。想、こっちに来いよ」

 甘い口付けの後、耳元へ流れる新堂の声が、想の身体に小さな火を付けた。 

「漣……」

 新堂に呼ばれる名前に想は答えるように彼の名前を呼びベッドへ上がる。
 薄い掛け毛をよけると、新堂は下にスウェットを穿いていたが上半身は素肌だった。
 想は迷わず新堂の腕の中に収まった。
 人肌の温もりに身を委ねる想を、まだ少し眠た気な新堂が抱き締めた。
 想を抱き込み、動かない新堂に、その気は無いのかもしれないと、想は彼の腕に抱かれたまま肩へ顔を寄せた。
 そっと目を閉じて温かさを身体で感じ、これ以上ないほどの安息に、想は小さな欠伸を零した。

「……なんだ、シャワー浴びたのか?」

 新堂は想の髪をくしゃっと指に絡め、深く想の香りを嗅いだ。シャンプーの香りに残念そうな新堂の声が漏れる。

「うん。朝になれば、柴谷さんのお墓に挨拶へ行くと思って……お店は少しタバコ臭かった。全面禁煙も考えなきゃいけないかな」

 想が静かに今日の店の様子を話し、微かに笑う。
 新堂も賑やかな店内を思い浮かべて口角を上げた。
 
「……墓参りか……そうだった」

 今日は、今は存在しない白城会の前会長、柴谷玄の墓参りを予定している。
 まだ亡くなって数ヶ月。
 新堂は数年前、柴谷から白城会を継いだ。だが、数ヶ月としない内に、私情を理由にあっさりと白城会を潰した。
 本当なら新堂はただでは済まなかっただろうが、柴谷はそれを許して、『白城会が無くなりゃあ、俺はただの男として、残りの時間を過ごせる』と笑った。
 私情とは想の為だったのだが、はっきりとそれを知る者は少ない。
 柴谷の大切にしていた組を解散させた新堂を、表立って恨む人間は殆どいないが、ぬけぬけ姿を見せるのも申し訳ないと、先日の葬儀への出席は控えていた。
 柴谷の右腕だった新堂にとって特別な人間である想もまた、柴谷とは顔見知り以上の繋がりがあった。
 新堂が姿を消していた期間も、柴谷は入院している身でありながら、想を密かに気に掛けてくれていた。
 声や態度には出さない柴谷だが、想をちょくちょく病室に呼びつけては、くだらない話を聞かせた。自分の妻の買い物に想を付き合わせたりと強引なやり方でひとりで過ごす時間を減らそうとしていたようだ。
 柴谷は、新堂と想がお互いに深く依存し合い、良くも悪くも均衡を保っていることを見抜いていた。
 今は勢力的に動いておらずとも、大きな影の中に住み、広く深く様々な裏情報と資金を手に、国内のみならず海外にも繋がる新堂。彼は世の中の悪人たちの微妙な均衡を担う一角となっていたし、その新堂の崩壊の鍵のひとつが想である事を柴谷はよく理解していた。

『何にも執着しないと思っていた漣が、『自分の』って連れてくる人間が現れるとは思わなかった』

 柴谷はそう言って、想を受け入れた。
 想もまた、深く暗い底の底に大人しく居ながら、身内を傷つけられたものならば、這いずり出して、己がどれほど傷付いたとしても相手を闇に引きずり込む。そんな気の強い想の一面は純粋で、凶悪。闇を恐れながも、そこから抜け出せない。強そうで弱い。そういう部分に新堂が惹かれるのだろうと、柴谷はふたりを見ていた。
 うたた寝から目を覚ました新堂は、想の髪をいたずらに撫でた。
 くすぐったそうに想が腕の中で動くと、新堂は起き上がって想の上へ被さる。

「ふふっ、あまり汚さないようにしないとな」

 なに?と想が口に出すより早く、新堂はまだ少し湿った想の唇を奪った。
 先程のような、まったりとしたものではなく、確実に想の性感を刺激するキス。
 はぁ、はぁ……と想がキスの合間に零す息は直ぐに色気を滲ませた。
 舌を差し出し、もっとして……と言うように新堂の首へ腕を回す。
 頬も肌も少し赤みを帯びて、表情からも淫猥さが見て取れる。新堂の愛撫ひとつで想はスイッチが入ったようにガラリと雰囲気を変えた。
 普段はストイックで感情的にならず、愛想笑いも薄い想が、愛しい存在へ必死で手を伸ばし淫らに欲する様は新堂だけのものだ。
 想は放すまいと新堂の背中を抱き締める。
 想の指が新堂の背中一面を覆う和柄の仏神を撫でた。

「漣の背中……たまには見たい」
「見せたくない訳じゃないが、背中を向けたら抱けないからな」
「背中の仏様に善行も悪行も見られてる、って話ですけど、漣は悪い事ばっかりですよね」

 想が微笑み、肌に残る様々な傷痕を指先で撫でながら呆れたように言うと、新堂は頷いて笑った。

「地獄行きは確実だな」

 新堂は想のシャツを脱がせ、首筋に唇を滑らせた。首にかけられた紐をそっと指に絡める。
 紐にはリングがふたつ。
 本来ならば互いの指に嵌めるはずのそれだったが、新堂はそれを想に渡すことはしなかった。想の側を離れる時に、彼を縛りつけるように感じていたし、左手の指を切断したばかりだった。
 そのため、クローゼットに適当にしまってしまった。
 新堂本人も記憶の隅へ寄せられてしまったものだったが、想はそれを見つけた。そして、リングはふたつ一緒に揃って想の首へ下げられている。

「ずっと付けているのか」
「……なんか、落ち着くから……返した方がいいなら、返します」
「いや、揃いで持っていてくれ」

 言いながら、新堂は想の乳首へ舌を這わせ、伺うように表情を見る。
 始めての頃は嫌がっていた想も、最近ではそこへの愛撫を受け入れ、微かな快感を汲み取っていた。
 新堂がキツく吸えば、切なげに寄せられた眉と閉じられた瞼の側で震える睫毛がビクッと大きく動く。
 熱く脈打つ想のペニスは下着の中で完全に勃ち上がっていた。
 新堂は想の上に覆い被さりながら己の下半身を想へ押し付け、胸から首へと唇を滑らせた。想の唇から快感を耐えるような声が微かに漏れる。

「あ……っ」

 期待に満ちたような自分の声音に想は慌てて息を詰めた。
 新堂はゆっくりと想へ視線を合わせる。
 射抜くような強い視線は冷たさの奥に、熱い深さを感じさせる。想は無意識に腰が揺れた。
 自分がどんな表情をしているかなど、微塵も頭には無い。
 新堂は目元を緩めて微かに笑み、想の耳元へ唇を近付ける。
 囁くように名前を呼ばれた想は、そっと目を閉じて大きな背中に回していた手を解き、自身の下着へそろそろと辿り着く。
 震える指で端を取り、片脚を上げて下着を下ろした。上に乗り、想の両脚の間に陣取って身体を離さない新堂の邪魔で脱ぎにくいいもどかしさに、眉を寄せて睨んだ。

「……れん……早く……!」








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