彼が私の元を訪れるのは決まって二ヶ月に一度くらいのペースだった。界境防衛機関ボーダー様での暗躍は私が思っているよりずっと忙しくて大変らしい。いつも決まって、連絡もせずに来たかと思えば遺書と紙切れを持って笑っている。

「ここ、サインと印鑑ね」
「はいはい」
「遺書いる?」
「一応預かるよ」

 ボーダーで未成年の子供を遠征に連れて行くには保護者、またはそれに準ずものからの許可と、許可した者へ遺書を書くことが必須条件となっているらしい。物騒な組織だと思う。命を賭してこの国を守ってくれている彼等は私よりずっと子供で、日本という国が子供を戦わせていることを良しとしているのが不思議だ。ボーダー様はそこらへんがものすごくお上手で、国や地域を騙くらかして自分たちのしている行為を正当化している。これは正しいことですよって。子供を戦わせて国を守ることが、正しいことなんだろうか。私は未だにわからない。

「ゆういち」
「うん?」
「次はいつ行くの?」
「書いてあるじゃん、再来週だよ」
「ふぅん」

 聞いたくせに興味のなさそうな返事をした私に悠一はからからと笑っている。自分の家かのように慣れた手付きで冷蔵庫を開けて麦茶を取り出して、悠一しか使わないコップに注いで飲んでいる。
 この少年と私が出会ったのは彼がまだこんなに大人びた表情をする前。もっと無邪気に笑って母親と楽しそうに遊んでいたきみのことを、私はずっと忘れられない。

「長くなりそうなんだよね。寂しくて泣かないか心配だよ」
「え。それは私が?」
「うん。他に誰かいる?」
「どこかに行ってなくても会いに来ないあんたに言われるとは思ってなかった」
「ははは! 素直にひどいこと言うなあ」

 お腹を抱えて楽しそうに笑う悠一は、実のところ未だ十九歳だ。高校を卒業してボーダーに真っ直ぐ就職する人は案外少ないらしく、むしろボーダー側が彼等の大学進学を勧めているらしい。それが何故なのかは少し考えればわかることで、私はつくづくボーダーという組織が恐ろしい。悠一はあんまり私に仕事の話をしないけれど、悠一がここに来るときは大抵が仕事の用事だ。悲しいことだと思う。それを口にすると怒るだろうから言わないけれど。

「死なない?」
「うん。死なないよ」
「…うん」
「まだやることが残ってるからね」

 ちょっと笑って、そういう姿が、とても十九歳には見えなくて、それが酷く悲しいのに私にはなにも言えなくて。
 悠一が初めて私に遺書を持ってきたときは驚いた。真面目な顔して「受け取って欲しい人が他に思いつかなかった」なんて言うもんだから、びっくりして泣いてしまったくらいだ。私と悠一は年がまあまあ離れているし、友人と呼ぶには仲良しじゃないし、家族と呼ぶには他人行儀だし、恋人と呼ぶにはねちっこさが足りない。それでも悠一が、私を選んだことが、嬉しい半分、悲しい半分。

「かみさまになれないおれのこと、なまえだけは叱らないから」
「当たり前だよ。悠一はかみさまじゃないんだから」
「うん、そうね」

 かみさまになりたい君のこと、私だけは応援なんかしてやらない。

「帰ってきてね、待ってるから」
「うん。お土産持って帰ってくるよ」
「ええ…土とか草とかはいらないよ…」

 私とあなたが噛み合わない。ここは歪な部屋。

「すきだよ」
「ありがとう」

 行ってらっしゃいの代わりに愛を嘯く悠一を、止められないのが駄目なところ。

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