普段好んで使うものよりほんの少し濃い色合いの口紅が唇の上で落ち着かなさそうにしている。やっぱり似合わないかなあと何度も見た鏡を再度覗き込んで、結局よくわからないと目を逸らして。彼の苗字に在るお花の名前の口紅が、似合う女でありたいと思ってしまうのはエゴだろうか。欲だろうか。

「なにしてるん」
「わあ!」

 つい数分前まで紙に赤いインクを滑らせていたはずの盧笙くんがすぐ後ろに居て思わず大きな声を上げてしまった。私の手元に広がった化粧品を見て、彼が首を傾げている。

「どっか行くんか。もう寝る時間やろ」
「んえ、あ、行かないよ」

 ガチャガチャとコスメポーチに広げていた化粧品をしまい込み、紅くそまった唇を素に戻そうと立ち上がったところ、彼の大きな手のひらが私の、彼と比べると小さい手のひらを握り込む。座ったままの盧笙くんと目が合って、こうして見下ろすのは中々ないな、なんて的はずれなことを。

「新しいやつか?」
「えっ、」
「くち」
「ああ、うん。新しいやつなんだけど、あんまり似合わなかったなあって」
「…ん」

 手が少し引っ張られて、彼との距離がいつもの慣れた目線に戻る。斜め上からの、私だけに向けられる優しい視線が、今日も、明日も、好きだなあ。

「似合うとるよ」
「へ」
「ツツジ、やろ、それ」
「エッ!?」

 盧笙くんの声が、私の唇の上に咲いた花の名前を、なぞる。

「……恥ずいわ、アホ」
「っぇ、だって、ろ、」
「目ぇ閉じ」

 閉じる前に手のひらで視界を覆われ何も見えなくなる。思わず強張る体。くちびるに触れる、少しかさついたやわらかい感触。
 私の力が抜けるまで、何度も何度も触れては離れていく。顔が見たいのに、真っ暗で、でもそれがなんだか愛しくて。

「とれてもうたな」

 視界が晴れやかになったとき、彼があっけらかんとそう言うものだから。だから。

「また、塗る、ね」
「おう」

 あなたの色が許されていることが、こんなに嬉しい。

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