爪先が踊る深夜二時。ポップでキュートな柄の入ったスニーカーは私の趣味でも彼の趣味でもないが、何故だか惹かれてしまったのだから仕方ない。汚れてしまわないように道を選んで歩きつつ、目的地まで軽やかな足取りで向かう。こんな時間に呼び出されるなんて初めてで、どうしてだって高揚してしまうのは恋心だから。駅を抜けて通りを抜けて、路地に入って右、右、左。そこからしばらく真っすぐ歩いて信号を渡ってもう一回右。程なくして見えてくる彼の家を見た途端、心臓がばくばくと音を立てる。そんなに急がなくたって、あと数歩で会えるのにね。

 インターホンを鳴らしても一向に物音が聞こえてこない。通話をかけてみても、家の中から可愛いメロディが漏れ出すだけだった。鞄の奥のポーチの中、鍵をかけたように厳重な気持ちで仕舞ってある合鍵をそうっとそうっと取り出して玄関のドアを開ける。すぐに鍵を内側から閉めて、スニーカーを脱いだ。しろくまを模したスリッパを履いてリビングへ。ソファに丸まって寝ているピンク色に、なんだか少し安心する。

「らむだくん、こんばんは」
「ん〜…」
「ベッドで寝ようよ」
「あー…、あ……んん、ああ。来たの」
「うん」

 くああ、とあくびをして、しばらくふわふわと意識を彷徨わせたあと焦点のしっかり合った瞳と視線が交わった。鞄を床に置いて彼が座り直したソファの隣を沈める。眠たいのに呼んだのだろうか。たまたま眠ってしまったのだろうか。

「なにか用事があったの?」
「用事がなきゃ呼んじゃダメだった?」
「ううん。でも、もうこんな時間だからびっくりした」
「アハハ、健全だネ」

 言葉の意図が読めずに曖昧に頷けば、しかめっ面が返ってきてそれには笑ってしまった。突然立ち上がった乱数くんの背中を目で追って、自分もついていこうかと思ったところで彼が引き返す。指には小さな紙袋がぶら下がっていて、ぷらぷらと揺れていた。

「はいこれ、あげる」
「えっ」
「こっちではあんまり流行ってないブランドだけど、ボクは好きなやつ」

 視線が開けろと言っていて、突然のプレゼントに戸惑いつつも紙袋を開けた。中に入っていたのは絵の具を思わせるハンドクリームとおもちゃみたいな見た目をしたリップクリームだ。彼の言う通りなのか、私の知識が浅いのか、見たことのないブランド名が書かれてある。

「らむだくん、いいの?」
「うん。ボクも使ってるハンドクリームだし、お揃いってヤツ」
「ひええ…。お、怒られない?」
「誰に怒られるのさ。ボクがあげたのに」
「そ、そうだね…?」
「黙って同じのつけてればいーの。乾燥厳禁! ね?」

 はい、と小さく声が漏れたのに気を良くした乱数くんが満足げに頷いた。徐にリップクリームの蓋を開ける。きゅぽん、と可愛い音を立てた。

「口閉じなよ」
「あっ、うん」

 口角から、逆側の口角を目指してゆっくり唇の上をなぞられる。乱数くんの目が、私の目だけを見ている。なのに手元は綺麗にくちびるをなぞっていて、すごい。

「うん。似合うと思ったんだあ」

 無色透明であるはずのそれを、似合うと言った彼の言葉が、彼にいっとう似合っていると、私はそう思う。

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