落下していく。急激に。視界がものすごい速度で切り替わっていって、景色なんてまともに見えやしない。黒いような、紺とも呼べるような色と、白い点が明滅している。地面にくっつくまであと何秒だろうか。トリオン体は上で破壊されてしまったため、今は生身だ。緊急脱出機能が実装されていないトリガーを持ち出した私が悪いので仕方がない。私が死んだら誰かは悲しんでくれるだろうか。城戸司令はきっと冷たい顔で薄っぺらい残念だの言葉を浮かべるだけだろうな。あーあ、城戸さんのために働いてきたのにな。なんて言っても信じないだろうし、実際そうじゃないし。ボーダーで死者がでたとなれば後処理も面倒くさいだろう。最後まで迷惑かけおって、と鬼怒田さんは本気で嫌がりそうだし、根付さんは私みたいな問題児がいなくなることを喜ぶかもしれないな。その他の大抵は無関心だろうな。嵐山は泣いてくれるかもしれない。忍田さんは、怒るかな、悲しむかな。

「…けい」

 愛しい人の名前を呼んでも、あまりに早い空気の流れに掻き消されてしまって私以外の誰にも届きそうにない。慶。慶は、悲しいと思ってくれるだろうか。無茶したことを怒るんだろうか。案外切り替えて平気になるんだろうか。三輪くんみたいに復讐に燃えるような男ではないしな。最後に慶と会話をしたのはいつだっけ。慶が一位になってからは、ずっと遠いところに行ってしまったように感じていて距離をとっていたから、もう何年も前になるのかもしれない。慶と一緒に入隊した私は、慶を守るためにボーダーに入ったのに、結局慶になんの関与もできないまま死んでいく。お荷物にもなれない私のことを、慶がなんて思うかわからない。

「おいおい、なにやってんだよ」
「け、い?」
「生身じゃねえか。ほら、こっち」

 世界が止まる。優しく抱きしめられて、慶のにおいに包まれる。慶はトリオン体で、格好良い黒のロングコートをはためかさせている。

「忍田さんから緊急の命令があってさ、お前が死ぬって言うから飛んできた」
「なんで」
「なんでって、死にたかったわけじゃないだろ。隊員の犠牲は少ないほうが良いに決まってる。まあ、間に合ったのは俺の実力のおかげだけどな」

 慶の乾いた笑い声が続く。ふわりと地面に降り立ったあとも、慶は私を離さない。震えてしまうのを誤魔化すように彼に回っている腕に力を込めれば、慶が耳元で緩く笑う。生身ではない。けれど確かに、慶の音がする。

「おれたちはどこから間違えたんだと思う?」

 意味のない質問のように思えた。それと同時に、彼らしくないとも思った。

「慶が一位になっちゃったからだよ」
「はは、ちげえよ。お前が俺から離れたからだよ」

 慶の人差し指が喉を押す。痛い、苦しい、痛くない。

「けい、すきよ」
「知ってるだろ、そんなこと」

 ああ、それこそが、私達の間違いだと知らないで。

戻る
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -