入道雲が広がっている。真夏の日差しは眩しい。体に悪いような気すらしてしまう程に良い天気の日の出来事だった。

「やっぱ似合うと思うたんよ〜!」

そう言って突然頭に乗せられたのは麦わら帽子だった。オレンジ色のギンガムチェック柄をしたリボンが巻かれている可愛らしい帽子。一度手にとってまじまじと見つめていれば、柔らかな手つきで簓くんがそれを奪い取っていく。再度優しく頭に乗せられて、それから満足気な笑み。簓くんの頭には申し訳程度の変装道具である黒いキャップが乗っている。隠れきれていない緑色がかわいい。

「あっついからなぁ、熱中症なったらたまらんで」
「うん、ありがとう」
「ええってええって!せや、今日俺行きたいとこあんねん。行ってもええ?」
「行きたい!」

まだ目的地を聞いてもいないというのに食い気味に返事をした私に、簓くんがまた笑う。するりと繋がれた手は熱くて、私の手が熱いのか、簓くんの手が熱いのか、わからなくなる。滅多に外で接触をしない彼の指先は、私にとっては炎のように熱く感じられた。

人気のない道を通り、路地を抜け、橋を渡る。オオサカにもこんなに緑が生い茂っている場所があるのかと感心しだした頃、彼の足が止まった。サンダルに不安げに包まれている足は靴下を履いていなく、日焼けのあとがついてしまいそうだと心配になる。

「見て? むっちゃきれい」
「わ、あ」

彼が指さす先は崖の向こう。物語でも始まってしまいそうなほど緑に覆われた先に、線路が見えた。フェンスに蔦が巻きついているのが見えて、こういうのをノスタルジックというのだろうか、なんて。簓くんに聞いてみようと視線を向けた途端、ぶわわ、と風が吹く。

私の麦わら帽子と簓くんのキャップが飛ばされてしまわないように手早くふたつを手に取った彼が、風に攫われてしまうのではないかと思うほど軽やかな煢然さを帯びていた。驚いて手を伸ばしたのも束の間、まるで私がそうすることを知っていたかのように彼の空いた手が私の手を絡め取る。隙間がなくなるほどぴたりと合わさる指と指。普段は扇子や台本を握っている彼の手が、今この瞬間は私の全てを握っていた。爪先が軽くなり、吹き上げてくる風に今度は私の体が浮きそうになる。スカートがはためく音、ばさり。二つの帽子が視界の横を掠めて、どこかへ飛んでいくのを声も出せずに見送った。

「ぜったい、一緒に来たいな思っとって。晴れとる日に来れてよかったわ」

相槌すらも余計だと思えてしまうくらい、絶妙な拍を置いて、彼の甘い声が続く。

「あっこなぁ、むかーしむかしは電車走っとったんやって。中王区のお偉いさん達が片すの忘れとんのやろねえ」

宙に浮いたままの体が、彼の言葉を受け止めて地に足をつけていく。すとん、と落ちた頃にはもう、簓くんから寂しさは感じられなくなっていた。

「なぁんか、好きなんよね。ここでなんもせんとあっち見とるの。きっと同じで好きやろなて、違った?」
「ううん、ちがうく、ない」
「そらよかった」

からからと笑った簓くんが私の頭に乗せたのは麦わら帽子だった。あれ、だって、さっき飛ばされて。と、何故だか声にはならない。するするとなにかが抜け落ちていくように、すぐにどうでもよくなっていく。

「いつか行こね」
「怒られちゃわないかなあ」
「簓くんに任せとき!」
「ふふ、不安だな」
「なんやと!」

自然に手を繋いで他愛もない話をしながら来た道を引き返す。
痛いくらい眩しい太陽だけが、彼の思惑を知っていた。

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