お付き合いをしている方から、二ヶ月ぶりに連絡が来た。今から家に来られますか? と、簡素なお誘いの文字に喜んでイエスの返事を送ったのはつい先程のこと。夢野さんは仕事の他にシブヤの代表としてテリトリーバトルにも出場しており、多忙な生活を送る人だ。だから私達が会えないことは珍しくもなんともなく、これが私達にとっての普通だった。友達には月に一回会えれば良い方なことも、連絡をほとんど取り合わないことも、未だに名字で呼び合っていることも、可笑しい、普通じゃない、と言われてしまうけれど、私達にとってはこれが普通なのだと、言い聞かせる。

 住宅街の外れにある一軒家のドアをコンコン、とノックする。チャイムの音があまり得意ではないと聞いてから、ずっとこうして来訪を告げている。

「こんばんは。突然すみません」
「いえ…。夢野さん、どこかへ行かれるんですか?」

 普段から衣服をきっちり着る人ではあったが、今日は帽子まで被っている。留守番を任されるのだろうか、と彼の目を見つめていれば緩りと口許が弧を描き、それから私を家に入れることなく彼の足が一歩こちらへ踏み出し、ドアのばたりと閉まる音。鍵を回し、小さな鞄に入れ込む。ひとつひとつの動作を見守っていれば、端正な顔が覗き込むように近づいてきた。びくりと跳ねる肩と、反射的に一歩後ずさる足。させるものかと言わんばかりに肩を抱かれ、一歩彼の方へ引き寄せられる。私を覗き込んだままの彼の表情は柔らかい。薄い桃色の唇が、そっと空気を吸い込むためにひらく。

「あなたも行くんですよ」

 ほんの数秒前まで鼻先がくっついてしまいそうな程近くにいたというのに、言葉を言い切る頃には私の指を滑らかに絡めとり手を引いていた。華奢に見られがちだが、しっかりとした広い男の人の背中を追うように進む足。手を繋ぐのなんて、何時ぶりなのだろうか。分からなくなるくらい、彼という存在に触れるのは久しぶりだった。

 ねえ夢野さん。本当はね、寂しかったんです。もっと会いたいし、連絡だって取りたいです。でもきっとこれを言ってしまえばあなたの負担になってしまうから。だからせめて、こうして後ろ姿にぶつけることくらい、許してくださいね。

「夜は涼しいですねぇ」
「そうですね」
「君の手は酷く熱いですが、小生に何か言いたいことでも?」
「え」

 ふたりの間にぶら下がっていた手が持ち上げられ、繋ぎ目を見せるように彼が言う。穏やかな物言いとは裏腹にどこか確信めいた視線に背筋になんとも言い難い空気が走った。それを察してか、そうでなくてもなのかは私にはわからなかったが、彼の足が止まり、私の足も止まる。少しだけ腰を折り曲げて平行になる目と目。何もかもを見透かされているようだった。普段から嘘を吐くことが多い彼は、どうにも他人の隠し事や嘘に敏い気がしてしまう。

「…どこへ行くんですか?」
「何処、と決めているわけではないですが…少し呼吸がしたくなりまして」
「こきゅう」
「ええ。君の隣はどうにも息がしやすいですから。…ふふ」

 呆然と固まってしまった私を置いて、夢野さんの言葉は続く。どうにもその中に、優しさがぎゅうぎゅうに詰め込まれているように聞こえてしまって、よくない。

「本当は何処にも行きたくないし、何処にだって行きたいんです。理解できますか?」
「で、できませ、ん…」
「そうですか。君と逢引がしたかった、と言っているんですよ」

 驚きと羞恥、それから到底持ち合わせている語彙では言語化できないような気持ちが高い温度で私を襲う。みっともなく紅に染まった顔を覆いたいのに、まるでそうしたい事が分かっているかのように繋がっている手を握られる力が強くなる。空いた左手をも絡め取られてしまい、為す術もない。熱を吐き出したくて目尻に溜まった涙を見て、夢野さんが言う。

「あなたは酷く臆病ですねぇ。…まあ、それはこちらとて同じことなのですが」
「ゆ、めのさん…」
「はい。何で御座いましょう」
「…ありがとう、ございます、」
「ふっ、ははは! まさか礼を言われるとは思いませんでしたよ。…多少、我儘になっても良いんですよ。私達は恋仲なんですから」

 こいなか、と。情けなく彼の言葉を繰り返した私の唇を見て夢野さんがまた笑う。左手から手が離れていき、人差し指で唇をつう、となぞったあとにふんわりと優しく撫でられる頭。もう少し歩きましょうか、という彼の言葉に大きく頷いた。帰り際、もっと一緒にいたいですと、言っても良いだろうか、なんて我儘を思い浮かべながら彼の後に続く。私達の普通はこれで良いのだと、少しずつで十分なのだと、彼の熱い指先が教えてくれていた。

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