「へえ、じゃあこっちは?」
「こっちはねー、とまと!こっちはいちご」
「随分育ててんだな」
「うん!」

 パチ、パチ。と、鋏の音を響かせながら三人の会話が続いていく。それぞれ紐の色が違う麦わら帽子を被って畑に向かう姿は、さながら歳の離れた兄妹のように見えることだろう。間引きまでするなんてちゃんとしているな。ああだこうだと指示を出す夏と秋は楽しくて仕方がないという表情を絶え間なく浮かべており、茹だるような暑さも悪くはないな、と柄にもなく思う。

「なまえ遅くねえか?」
「んー。たしかに? さきにじゅんびのおてつだいしちゃおー!」
「おー!」

 手伝いと言えど夕飯をつくる張本人が不在だ。やっぱり自分が行けばよかった、と思いながら今採れたばかりの野菜を洗う二人を後ろから見守った。今日採ったのは胡瓜なので、漬物にでもするんだろうか。塩振るくらいなら俺達でもできるよな、と子供用の包丁を取り出して夏に渡す。

「あー!だいすにいちゃんなんで!ナツなの!アキもやりたい!」
「アキはこないだ手ぇ切りそうになってたからダメだ!その代わり俺と一緒に塩揉みしようぜ」
「しおもみ?」
「おう。うっし、ナツ!いくぞ」
「うん!」

 後ろから抱きしめるような体制で小さな手に自分の黒くてごつい手を重ねた。笑っちまうくらい遅くトン、トン、と胡瓜を薄く切っていくのを夏も秋も緊張した様子で見つめている。俺が初めて料理を手伝った日のなまえの視線に似ていてなんだかむずがゆい。夏は目元が、秋は口元が、それぞれあいつに似ている。

「できた!」「できた!ナツすごい!」
「うまくできたな」

 ボウルに夏が切った不揃いの胡瓜と塩を入れ、馴染ませている間に洗い物を済ませる。染みついた動作に手馴れてきたもんだよなとしみじみ思った。ここを帰る場所にしてから、もう随分経つ。なまえは高校三年生になったし、夏と秋はランドセルを背負うようになった。

「アキ、こうやってな、絞んだよ」
「ぎゅー」
「そうそう、やるじゃねえか」

 幻太郎の家でやらされたのが役に立った。出来上がった胡瓜を皿に移し替えてラップをし冷蔵庫へ仕舞う。いくらなんでも帰ってくるのが遅すぎるし、二人を連れて途中まで迎えに行くか、と口を開こうとしたときのこと。建付けの悪いドアが開く音。

「ただいまー。遅くなってごめんね」
「おねえちゃん!おかえり!」「おかえり!」
「おう、おかえり」

 ただいま、おかえり、行ってらっしゃい、行ってきます。そういう挨拶になまえが照れなくなったのは最近のことだ。無粋な乱数や幻太郎にはちょくちょくやれこうしろだろあれはしたのだと言われるが、俺となまえの関係性は恋人なんてもんじゃねえ。と何度言ってもわかりゃしない。俺となまえと、夏と秋だけがわかっていれば良い気もする。今はただ、チビ達の成長を見守っていたいとすら思う。

「おねえちゃん、きゅうりのしおもみしたの!」
「ナツがね、切ってね、アキがぎゅってしてね、」
「わあ、すごい!3人でやったの? ありがとう!今からごはんつくるからね」
「ちょっと待った。ナツ、アキ、あっちで宿題済ませてこいよ」

 元気よく返事をして台所から離れていった二人を見送り、買い物袋を持ったままのなまえに視線で袋を置くように促した。きょとんとした表情を浮かべながら素直に袋を置き、ばっちり視線が噛み合う。

「遅え。暗くなるまえに帰ってこいって言っただろ。せめて連絡の一つでも寄越せよ」
「あ、ごめんなさい…」
「別に謝ってほしいんじゃねえよ。…心配、すんだろ」
「えっあっ、え、ありがとうござ、います」

 こうやって言わなきゃわかんねえなまえには、時折チビ二人より手を焼く。あっという間に頬を紅く染めやがるもんだから、なんだかこっちまで気恥ずかしくなってしまって買い物袋から乱雑に食材を取り出して並べた。

「今日のメシなんだ?」
「生姜焼きにしようかなあと」
「肉じゃねえか!さっさと作ろうぜ」
「はい!」

 きっと、こいつが成人して、チビ達が大人になっても、俺となまえが乱数や幻太郎が望む形にはならない。でもまあ、それが似合っている気がするんだよな、俺は。

戻る
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -