目を伏せる時に綺麗に見える奥二重の線を好きだと思う。控えめに引かれたアイラインと、よく変わる色のアイシャドウ。彼女と付き合う前は名前も知らなかった化粧品達は、今日も彼女の顔の上で生きている。
 ソファから投げ出された白い足が泳いでいる。テレビを好まない彼女は、俺が見たいという時以外は積極的に電源を落としていた。静かな夜の部屋、響くのは自分の手元でかち合う食器の音と、秒針。水を止めて手をタオルで拭き、彼女の傍まで近づけば、ようやく、彼女が小さく息をする音が聞こえる。
 いつ来ても殺風景な部屋。本当にきちんと暮らしていけているのだろうかと心配になってしまう程、この家には何もない。

「なにしてん」
「天井を見てる」
「………楽しいか? それ」
「楽しくはないかな」

 そう言った彼女の表情は楽しげだ。寝ていた身体を起こし、電気の光度を一つ下げ、端の方に身を寄せて視線だけを寄越す。応えるように隣に座れば、花が咲くような笑い声が聞こえた。細長い指がじりじりと距離を詰め、やがてぴとりとくっつく。手の甲の骨をなぞるように動く人差し指は少しばかりこそばゆい。しばらく遊んだ後にピタ、と指の動きが止まる。それから雪崩れ込むように彼女の上半身が倒れてくる。ちょうど、膝に頭を置いて、それから真上を向くものだから視線が交わった。前髪、えらいことなっとんで。

「だっこ」
「いや、この体制ではできんやろ」

 知ってるよ、と笑った後も手を伸ばすのをやめない彼女に自分も自然と笑い声を上げた。会話は続かない。だが、雄弁すぎるほどに語る。それはこの部屋がそうさせるのか、彼女がそうさせるのか、俺達は未だにわからない。

 眠たげに瞬きをする彼女を上から眺めているだけの時間が、存外好きだったりする。こちらの気持ちを汲んでか、知らずかはわからないが、彼女もこうするのが好きなようだった。男の膝なんて硬くて眠れたものではないだろうに、彼女はまるで世界で一番幸福だと言わんばかりの安堵の息を漏らす。もしも、これが彼女の優しさから成り立っている行為だとすれば、彼女は有名な役者になれるだろう。
 声にはならなかった彼女の言葉が唇から空気となって漏れ出ている。ろ、しょ、う、と愛しげに歪んだ口許を、上半身を折り曲げてキスで塞いだ。ちろりと唇を舐められたので、左手で軽く額を叩けば不服そうに頬が膨らむ。すぐに萎んで、笑顔になる。ピンク色のチークを超えてはっきりとわかる火照った赤みには気づかないふりをしてやるのが得策だ。

「寝るならベッド行かんと、体痛めたらあかんやろ」
「んー…んん、まだねない」
「嘘やな」

 彼女の平たい背中に手を回し起こすのを手伝ってやる。全身のどこにも力が入らないとでも言いたげにふらふらと彷徨う腕を自分の肩に回し、赤ん坊を抱き上げるかのように持ち上げた。ふたりで寝るのは明らかに狭いシングルベッドにそっと彼女を下ろし、布団をかけてやる。

「おやすみ」
「やだ、盧笙もいっしょに寝ようよ」
「狭いやろ」
「いいよ」

 俺がよかないねん、という言葉はぐっと飲み込んで。しゃあないな、とこぼしてベッドに入り込む。彼女の布団は小さくて足がはみ出るし、抱きしめないと満足に眠れない。彼女が俺の言葉を掬って笑っていた。

「あつい」
「文句言わんとき」
「んー」

 否定とも肯定とも言えない返事をしてから目を閉じた彼女の瞼をそっとなぞる。数秒もしないうちに寝息が聞こえてきたのを確認してからベッドサイドテーブルに置いてあるメイク落としシートを一枚引っ張って彼女の顔に優しく滑らせる。色がつかなくなるまで撫でたあと、ゴミ箱に投げ入れ目尻にキスをしてから自分も目を閉じた。手紙でも日記でもなく、このメイク落としシートが明日の彼女に伝言してくれることだろう。

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