二人一組でペアをつくってください。と、教師が告げた言葉にげんなりする。男女別で行われる体育の授業は、どうにも好きになれずにいた。運動が嫌いかと問われれば、そういう訳ではないのだけれど。きょろりと辺りを見回して、偶数人なのだから必ず誰かと組めるはずだ、と自分と同じように相手のいない人を探す。ぱっと目が合ったのは何度か会話を交わしたことがあるような、ないような、そんな当たり障りのない子だった。きっと彼女も同じことを思っているだろう。

「よろしくね」

そう言えば控えめに頷かれた。ペアになった人達から床に座ることになっているので二人で腰を下ろして「難しいのじゃないといいね」「そうだね」なんて取り留めのない会話をする。所謂カースト上位の仲良しグループの子達が誰と組むか迷っていて中々先に進まない。今頃こうくんは外でサッカーをしていることだろう。暑いから、水分補給をちゃんとしているといいな。ボーダーの中以外で体を動かすのがそんなに好きじゃないと言っていた彼は、適当に米屋くんの影に隠れながら可もなく不可もなくでやり過ごすんだろう。変なところで私達は似ていて、それが結構嬉しかったりする。勉強は、私の方が少しだけ得意。運動は、こうくんの方が少しだけ得意。似ているけれど、一緒じゃない。それも、嬉しい。

「なまえちゃん、あっちでやろう」
「うん」

今日の授業は球技で、バスケかバレーか選べることになっている。痛くない方がいいね、とぎこちなく笑った私達はバスケの方を選択した。先生は騒いでいる子達にかかりっきりになっているため、隅っこの方で時折真剣なふりをしていればそれなりの成績がもらえるはずだ。時折取り留めのない会話を繰り返しつつ、一時間が過ぎるのをひたすら待った。

「あ!」
「え」

後ろから大きな声が聞こえて咄嗟に振り向けば、目の前には大きな何か。バチン、と聞きなれない音がする。遅れて感じた衝撃と痛みに、ああ、ボールか。と理解する。ぺたりと尻もちをついてしまったので立ち上がろうとすれば、真っ白な体操服にぽつりと赤が染みていた。

「なまえちゃん、大丈夫!? 鼻血が…!」
「ごめんみょうじさん!!やば、だいじょぶじゃなくね? せんせー!ほけんしつ!」
「あ、大丈夫だよ。ありがとう。先生、血が止まらないので保健室に行かせてください」

差し出された手を血がついてしまっては困るからと断って体育館を出た。後ろからひそひそと、あんまりよくない言葉が聞こえてくるものだから血がべったりついた手で耳を塞ぎたくなってしまう。なにあれ、冷静すぎじゃない? 感情ないの? なんて、まあ、今まで何百回と言われてきたことだけれど。

「なまえちゃん…!」
「わ、追いかけてきてくれたの? ありがとう。ごめんね」
「ううん、それより血、あ、私出水くん呼んでくる…!」

えっ、という声は彼女には届かなかったらしい。組む人がいなかった同士、その場過ごしで組まれたペアなのに私を走って追いかけてきてくれて、挙句こうくんを呼んできてくれるなんて、なんて素敵な人なのだろう。…それにしても、どうしてこうくんを。私とこうくんは、彼女から見てどういう関係に見えていたのだろうか。普段は一切気にならない人の目が、今日だけはなぜか気になって。

「っ、なまえ!」
「こうくん、はやいね」

息を切らしたこうくんが全速力で廊下を走ってきてくれた。一体向こうの先生になんて言ってきたのだろうか。見えないくらい遠くの方で、ペアを組んだ子が走ってこちらへ向かっているのが見えた。

「血、お前、くそっ」

血がずっと止まらないからか、なんだか頭がぼんやりして上手く思考が働かない。こうくんが乱雑に顔に押し付けてきたのは、こうくんの体操服だ。…えっ。

「こうくん、まって、だめ、血が」
「喋んなくていいから、行くぞ」

血がべったりついた手を迷いなく握ったこうくんが急ぎ足で保健室まで連れて行ってくれる。手汗で乾いた部分の血が溶けてしまって、どろどろべたべたで、気持ち悪いはずなのに。こうくんのこんなに必死な姿を見るのはいつぶりだろうか。血を吸った体操服からはこうくんのにおいがした。



「血が止まるまで安静にね〜。じゃあ出水くん、よろしくね」
「っす。ありがとうございました」

私の代わりに頭を下げてくれたこうくんが、用事があるという養護教諭が出て行ってからくるりと振り返る。ティッシュを鼻に詰めた滑稽な姿はできれば見られたくなかったが、そうも言っていられない。

「もう痛くねえか」
「うん。こうくん、ごめんね、体操服」
「そんなのどうでもいいよ」

こうくんと私の体操服をぐるぐると洗濯機が回していた。ジャージの下に制服の上、というアンバランスな格好をふたりでしている。

「…気をつけろよ、さすがに学校じゃ走るしかねえんだから」
「襲われたわけじゃないんだから、平気だよ。でも気をつけるね」
「おう」
「走ってきてくれてありがとう」
「いいって」

授業が終わるチャイムの音がする。廊下が少し騒がしくなって、意味もなく二人で息を潜めた。

「おれ、筋トレするわ…」
「え。なんで?」
「なまえのこと抱えて走れないから」

ふい、とそっぽを向いたこうくんの耳は赤い。彼の言葉を理解するころ、きっと私の耳も同じ色になるだろう。

戻る
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -