普段嗅がない良いにおいに頭がくらくらした。会社近くの花屋に入店して既に二十分が経過しており、昼休憩終了までのリミットが刻一刻と迫っていた。

何かお探しでしょうか、と声をかけてくれた店員にびくりと肩を震わせてしまう。大の大人が情けないとわかっていつつも緊張からか焦りからか吐き出す言葉が吃ってしまう。

「こ、後輩の出世が決まりまして…花が好きだと、以前聞いたことがあったので…。ちゃんとしたお祝いは今日じゃないんですが、とりあえず決定おめでとうということで…」
「まあ!この度はおめでとうございますとお伝えください。素敵なプレゼントですね。その方のお好きな色はおわかりですか?」
「あ、あー…色…。好きかどうかはわかんないですけど、何色って言うんだ…? ああ、このネクタイみたいな色のものをよく見かけます」

そう言って自分のネクタイを指させば、店員さんは穏やかに笑って「かしこまりました」と言った。恐らく緑色なんだろうが、色には豊富な名前がありすぎる。一二三がなんだか言っていたような気もするが忘れてしまった。後輩のマグカップもスリッパもハンカチも、この色だった覚えがあるので、おそらく好きな色だろう。しばらくして渡された小さな花を受け取って、支払いを済ませて急いで会社まで戻る。急ぎすぎて玄関前の階段でつまづいた。転ばなくてよかった。今日締切の急ぎの仕事はお互いないし、今日くらい許されるだろ、と小会議室を打ち合わせという名目でひとつ借りて後輩にそこに来るようメッセージを送った。

そわそわしながら待っていれば、コンコンコン、とノックの音。どうぞ、と簡素に答えればドアが開いて不思議そうな表情を浮かべた後輩が入ってきた。そりゃあ、先輩に突然小会議室に呼び出されたら驚くよな、すまん。

「お疲れ」
「お疲れ様です。観音坂さん、何かありましたか?」
「あー…その、これはまだ降ろせない内容なんだがどうしても伝えておきたくてな」

後輩の表情が曇ったのを見て、違う、と慌てて口に出した。そういう顔をさせたかった訳では無い。

「昇進、決定したぞ。おめでとう」
「えっ」
「来週にはハゲ課長から話がいくと思う。でも、どうしても俺から言いたくてな…」

なんだか突然気恥しさが襲ってきて先程購入した花を後輩に突き出した。大きな目をぱちぱちとさせながら、花と俺を交互に見ている。クソ、なんだそれ、可愛いな。

「お祝いだ。ぷりざーど、ふらわあ? というやつだ」
「プリザーブドフラワーですね。すごく嬉しいです。ありがとうございます!」

満面の笑みでなんたらフラワーを受け取った後輩が頭を下げる。ハゲ課長に彼女の仕事っぷりを懸命に報告し続けてよかったと心から思う。

「観音坂さんとはもうお仕事できなくなっちゃうんですね」
「ん、ああ。できなくなると言っても同じ課内にはいるぞ」
「それはそうですけど…」

もごもごと口ごもった後輩に思わず頭を抱えそうになるのを必死に抑える。なんだよそれ、俺と働いていたいってことか? ああ…クソ、可愛い。

「…なあ、今日定時で上がって飲みに行かないか」
「え、行きたいです!」
「じゃあ戻るか。早く終わらせなきゃな」

にこにことしながら俺の後ろを着いてくる後輩の答えに内心ガッツポーズをしつつも良い先輩を演じる。入社してきた時からずっと、可愛いと思っていたこいつとの関係性に足踏みをするのはもうやめよう。きっと酒の力を借りてしまうことになるけれど。

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