「ん、お、おはようさん」
「うん、おはよ」

ソワソワと足を何度も組みかえながら新聞を読むレンズ越しの瞳と視線がかち合った。くああ、とひとつ欠伸をしてから顔を洗うために洗面所へ。ふんわり良い匂いが台所の方から漂ってきて、コーヒーを淹れてくれていることに気づく。急ぎめで寝癖を整えて彼の元まで向かい、後ろから腰元に抱きついた。起きたばかりでも、眠る前でも、変わらないろしょくんのにおいがする。吐息で笑いながら「危ないやろ」と言われても全く説得力がない。腕を緩めて彼の隣に立ち、食パンを切ってホットサンドメーカーの中へ。何にする? と言わずとも食べたいものはなんとなく分かる。最近は定番のハムとチーズがお気に入り。ぽんぽんと具材を置いて閉じたら次は冷蔵庫を開ける。レタスを千切るのは私の役目。トマトを切るのはろしょくんの役目。丁度千切り終わるタイミングでろしょくんが言う。

「あとやっとくから着替え済ましとき。ミルクと砂糖は?」
「はーい、ありがとう!いれてください!」

ん、短い返事を聞いてから寝室に戻って着替えを済ませる。昨日は寝坊しかけていたのに、今日はもう出る準備が出来ているくらい早起きなのが可愛らしい。いつ言ってくれるのかな、なんて淡い期待を抱きながらリビングへ戻ればテーブルには既に朝ごはんが並んでいた。

「いただきます」「いただきます!」

テレビでニュースを流しながらいつも通りの朝食を摂る。本当はトマトが苦手なんだけれど、好き嫌いすると叱られちゃうので一生懸命食べるようになった。苦手なものを食べたあと、必ず褒めてくれるのが大好きだったりする。ぶすり、フォークでトマトを刺して、意を決してからぱくり。数回噛んでから飲み込んで、急いでお水を流し込む。ぷは、とグラスから口を離せば伸びてくる長い腕。何度か私の頭を掻き混ぜてから、目をゆるやかに細めて笑っている。

「えらかったな」
「えへへ、ありがとう」

本当は、えらくなんてちっともないんだろうけれど。でも必ずろしょくんがこう言ってくれるから苦手なものに頑張って立ち向かえる。ニュースを見ながら他愛もない話をし、揃ってごちそうさまをしてから食器を下げる。歯磨きを並んでして、ろしょくんのコートを手渡す。背伸びをしてマフラーを巻いてあげるのが好きだったりする。私より早く家を出るろしょくんに、行ってらっしゃいをできるのは私だけの特権だ。

「…なぁ、今日何時くらいに帰ってくるん?」
「今日は19時には帰れると思うよ。なんで?」
「いや、な、なんでもあらへん。…ほな、行ってきます」
「行ってらっしゃい!」

外まで出て、ろしょくんの背中が見えなくなるまで手を振ってから室内に戻る。私も支度をしなくちゃ、と洗い物をしに台所へ戻る。いつもは帰ってくる時間なんて聞かないどころか、ちゃんと冷蔵庫に貼ってあるシフト表に書いてあるのに、確認をしてくるところが可愛らしい。隠せていると思い込んでいる私の好きなコスメブランドの紙袋が少しだけ顔を出しているのには知らないふりをした。



「ただいまー!」
「おっ、か、えり」

いつもならドアを開けてから歩いてきて出迎えてくれるのに、今日はドアを開けた瞬間に返ってきたおかえりに嬉しくなって飛び着こうとするも、手洗いうがいを済ませていないことに気づいてすんでのところで堪える。緊張したような表情のろしょくんには知らないふりをして、手洗いうがいをしてしまおうと横をすり抜けようとすれば立ちはだかるろしょくん。びっくりして顔をあげれば、視線を泳がせた彼がいる。

「…その、なんや」
「うん?」
「…誕生日、おめでとさん」

やっと言えた、とでも言いたげに安堵の笑みを浮かべながら言うものだから、なんだかおもしろおかしくなってしまって笑い声をあげる。どうして笑われたかわからないろしょくんが不思議な表情をしてこちらを見つめていた。

「うれしい。ろしょくんにお祝いしてもらえるの、ほんとにうれしい。ありがとう!」
「おん。そんでな、おめでとうだけやないねん」
「え!」

下手くそなサプライズも可愛らしいなあと思いながらリビングへ促されて、彼の後ろについて行く。ドアを開ければテーブルには私の好きなクリームシチューと、私の好きなケーキ屋さんのホールケーキが並んでいた。うれしい!と言葉にはせずに彼に抱きつけば、笑いながらも受け止めてくれる。

「ちょっと待っとって」

そう言って私を残して寝室へ向かう。プレゼントもちゃんと用意してくれるなんて嬉しいなあ、と思いながら待っていれば手に持ってきたのは私の好きなコスメブランドの紙袋ではなく、綺麗なピンク色の花束だった。

「えっ、ろ、ろしょくん、これ」
「生まれてきてくれてありがとう、なんて柄やないねんけど。…感謝、しとる。いつもありがとうな。愛しとるで」

ぼろぼろぼろ。ろしょくんが言い終わるのが早かったか、私の目から涙があふれるのが早かったか。私が泣くのを知っていたかのようにハンカチを差し出してくれるろしょくんの優しさに、また泣いた。

「はは、サプライズ成功やな。あ、プレゼントもあるで。…俺みたいなんが化粧品の売り場行くのは恥ずかしかったわ」
「っ、ひぐっ…うぅ、っ、ありがどう〜〜っ、」
「泣くな泣くな。かわええ顔が台無しなってまうで。まぁ泣いた顔もかわええねんけど」

ああ、神様 こんなに幸福で良いのでしょうか!

「ふは、っ…くく。顔おもろ」
「ろしょくん、っ、うう…。ありがとう…」
「おん。どういたしまして。これからもよろしくな? ちっとは大人のレディーにならんとな」

意地悪な笑みを浮かべて、私より幸せそうに私を抱きしめるろしょくんに、ああこの人の事が心底、心底、好きだなあと、思ってしまうのだ。

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