子供が嫌いだと言ったあのひとの煙草特有の香りが、すっかり染みついてしまっていた。

色の高架下

諏訪洸太郎とは、ボーダーという組織に所属しながら大学に通う男で、髪の毛は金色で刈り上げており煙草を吸うようなひとだ。お酒も好きで、見た目からは想像がつかないが推理小説もすきらしい。ガキが嫌いだと常日頃から口にしており、実際に公園で遊ぶ子供などを眉間にしわを寄せて見つめていることがある。そんな彼にガキっていくつからですか、と聞いたことがある。彼が隊長を務める諏訪隊には十六歳の日佐人くんがいる。でも、諏訪さんはとても隊員想いの優しいひとだ。そんな彼は私と同じ年の日佐人くんを嫌いとは言えないだろう、と自信をもって質問したのにも関わらずあのとき諏訪さんは私を公園で遊ぶ子供を見る目と同じ目で見て、そうしてゆっくりと言葉を吐いた。その言葉がどれだけ私にとって重たいものだったかは、少なくとも諏訪さんにはわからないだろう。

「俺にとってお前はいつまでもガキだ」

はっきり、きっぱり。なんの迷いもなく諏訪さんはそう言って、煙草に火をつけた。その言葉を受け取った私はどうするわけでもなく、「そうですか」と力のない言葉を落とすだけだ。言いたいことがいっぱいあるはずなのに、どれも声にはなってくれない。本当は、言いたいことなどひとつもなかったのかもしれない。雰囲気に流されるまま俯いてしまい、諏訪さんの表情を見ることはできない。冗談だって言って笑ってくれるほど、甘いひとじゃないってことくらいは、わかっている、つもりなんだけどなあ。

ほんとうは、ほんとうはね。あまい言葉も、つらい言葉も、いらなかったの。傍に居られるだけでよかったの。でも、欲張ったのは私のほうで、いつだって諏訪さんは、私のことなんかこれっぽっちもすきじゃなかったのに。この気持ちはわたしだけだったのに、なのに。

「なまえ」

ほら、ずるい。諏訪さんはいつだってずるい。私の気持ちをきちんと知っているくせに、私のだいすきな声で、だいすきな手を頭に乗せて、名前を呼ぶ。私がそれに弱いことを、諏訪さんはきちんと知っているくせに。
涙はでてきてなんてくれなくって、言葉も声もでてきてなんてくれない。唯々私は俯いたまま諏訪さんの袖を掴むだけだ。くしゃり、髪の毛が諏訪さんの手によって音をなす。頭をすきに掻き混ぜながらすっかり短くなってしまった煙草を携帯灰皿に押し付けて、火を消した。そのあとに両手で私の頬をはさんで「ばーか」と言う。私の口の中に苦いような、甘いような、なんとも形容しがたい味が広がる。ざらついた諏訪さんの舌が口内を駆け回る。喉まで届いた煙を飲み込んでしまった肺が悲鳴を上げている。諏訪さんはずっと、無表情のままだ。

私に染み付いてしまったこの香りの責任を、あなたは私が大人になってもとってくれやしないくせに。


title by 喘息

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