「ほな、またね」
「はい…!今日はありがとうございました!」
「ええねんて。また行こね」

はああ今日もかっこよかった…!と手を振る盧笙さんに何度も頭を下げる。今日は出会ってから三回目のデートの日。デート、と言ってもお互い仕事終わりに待ち合わせをしてご飯を食べて帰るだけであるが、それでも好きな人とご飯なんだから立派なデートだと思い込んでいる。また、という言葉を使ってくれたことが嬉しくて嬉しくて、上機嫌で駅まで向かう。今日という日に盧笙さんといっしょにいられたなんて、私はきっと世界でいちばんしあわせものだ!なんて、大袈裟だろうか。

今日は私の誕生日だった。と言っても、はしゃぐような年齢ではないし、勿論盧笙さんには言っていない。聞かれてもいないのに誕生日なんです、と言うほど図々しくもなければ祝ってほしいなど烏滸がましいと思ってしまう。それに、おめでとうなんて言われなくたって。誕生日だって知られなくたって、ご飯に行けるだけでこんなにこんなに幸せだ。お祝いなんてされてしまった日には幸せ過多で爆発して死んでしまうだろう。そうに違いない。るんるんと揺れる足元、改札まであと数歩、というところで大きな力で腕を引かれてバランスを崩して後ろへ倒れ込む。えっ、待って。転ぶ…!

「っはぁ…!間にあった、」
「ひっ…ぅ、ぇ、っ!?」

転ぶ、と思っていた身体は傾くだけで止まっていた。それは後ろから誰かに支えられているからだ。ふんわり香る清潔感あふれる柔軟剤のようなやさしい香りと、わからないはずもない愛しい人の声。

「ああ、すまん。急にびっくりさせてもうたな」

ぱっと身体が離れていきくるりと向きを変えられて視線が交わる。びっくりした。確かにびっくりはしたけれど、それは突然引っ張られたからでも、突然声をかけられたからでもなく、今までにない近距離に盧笙さんがいたからだ。道行く人々の邪魔にならないように端の方に寄って、未だパニックのままの私に彼が笑う。

「なあ、自分今日誕生日なん?」
「へっ…!え、あ、はい。えと、なんで…」
「ここに書いとった」

そう言って見せられたのはメッセージアプリのプロフィール画面だった。なるほど確かに随分前に設定していたかもしれないな。盧笙さんが私の誕生日を知った理由には納得がいったが、今のこの状況の意味は未だわからないままだった。

「教えてくれたらよかったやん」

拗ねたような声色に痙攣するかのように心臓が不規則に飛び跳ねた。指先まで痺れてしまって、もうここから一歩も動けない。うんともすんとも言わない私を見て盧笙さんはくく、と喉を鳴らして笑い、それからすっとレンズの奥の瞳が細められていく。長い睫毛が伏せられて、ゆっくり、ゆっくり、彼の口がひらく。

「誕生日、おめでとさん」
「ひぁ…ありがとう、ございます…」
「おん。どういたしまして。…それでな」

くい、と軽く腕を引かれて緩やかに盧笙さんの方へと傾いていく体。私よりずいぶん背の高い盧笙さんが視線を合わせるかのように屈んで、そっと耳元に彼の唇が寄せられる。息のかかる程の距離に頭がくらくらした。

「好きや」

目の前がぱちぱちと弾けて、点滅する。力の入らなくなってしまった足腰に全身のバランスを崩して床に倒れ込みそうなるところをそっと盧笙さんに抱きかかえられる。まるで私がこうなることをわかっていたのではないか、というくらい慣れた手つきだった。

「ん、今日付変わったな。間に合うてよかったわ」
ぱくぱく、餌を待つ魚のように口を開閉させるばかりの私の頬に、男らしい手がそうっと添えられる。
「…好きや。付き合うてほしい」
がつん、と頭を強く殴られたかのような衝撃に襲われる。ぎゅ、と盧笙さんの腕に力が入ったのを感じて、これ以上は死んでしまうのではないだろうか、という程に体温が上がる。


「お返事は?」

引き上げられた口角と、期待するような眼差し。ああ、なんてずるい人なんだろう。そんなのイエス以外、何があるっていうのだろうか。

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