バキ、ともう何回目かわからないシャープペンシルの芯が折れる音。家でやろうと持ち帰ってきた仕事が終わらないどころか一向に進まない。おまけに貧乏ゆすりまでしてしまって、苛立ちに体中が支配されてしまっていた。自分の力ではどうしようもできない問題だからこそ歯痒く、自分で消化できないことにも腹が立つ。バキ、と再度芯を折ってしまったところでようやくインターホンが鳴る。

「おじゃまします。盧笙くん、こんばんは」
「…ああ」

自分が想像していたよりもずっと低い声が出てしまい、俺も彼女も驚いた表情をしていた。邪魔するなら帰ってや、といういつものやり取りがないのを不思議に思った彼女が控えめにこちらを見つめているが、それに構っていられない程余裕がない。ぐっと彼女の手を引いてリビングまで歩き、ソファに座らせる。わ、と声がこぼれたのを聞いて、痛かったか、と自分から声がでないことが腹立たしい。

「ろ、盧笙くん…? 怒ってる、の?」
「なあ、昨日なにしてたん」
「えっ…昨日…?」

しどろもどろに視線を彷徨わせ、口開いて息を吸ったかと思えば、そっと吐いてそのまま閉じられる。焦りを一杯に浮かべた表情と、言い淀むかのような行為にじくじくと喉の辺りが痛んだ。言えへんってことは、悪いことをしたという自覚があるってことなんか? 疑いたくはないのに、どうにもそれしか考えられなくなってしまう。信じきれない自分にも、煮え切らない態度の彼女にも、憤りを感じていて。

「言えんの」
「や、えっと…なんで?」
「は。なんでて何? 恋人が昨日何してたか知りたいんはなまえの中で変なことのうちに入るん?」
ああ、違う。でも、止まらんのや。なぁ、なんで、
「…昨日一緒におった男、どこのどいつや」

ぼろっ。と音が聞こえた気がした。言い切ってから泣かせてしまったことに気づき、ハッとして彼女の涙を拭う。沸騰しそうな程煮えくり返る思いをしていた全身の温度が一気に引いて、罪悪感と切なさが一気に押し寄せてくる。誰にもなまえを渡したくない。誰にも触れてほしくなどないのだ。それをうまく伝える方法がわからない。大事に、大事に、してきたつもりだった。それなのに。

「ちが…っ、ごめ、」
「…謝らんでや」
「お、おとうと…だから…っ」

ず、と彼女が洟を啜る音。それからワンテンポ置いて口から滑り出る「は」という一文字。えぐえぐと泣き止まない彼女に自然と身体が動き、思いきり小さなからだを抱きしめる。

「す、すまん…!俺、てっきり、」
「っぐ…うっ……」

うええん、と子供のように泣き出してしまった彼女を強く強く抱きしめて、何度も謝罪を繰り返す。弟って、なんやねん。勘違いやんか。申し訳ないし格好悪いし恥ずかしい。目元が真っ赤になるまで泣かせてしまってから、ようやく彼女が喋りだす。

「ぷれぜんと、買いたくて、ろしょうくんに…びっくりさせたくて、でもなにがいいかわかんなくて…っ」
「すまん、ほんまに、すまんかった」
「うわき、しないよ。盧笙くんが、好きだよ……でも、やきもち、うれしい」

しっかりと目を合わせてそう言い切ったあと、へらりと笑って抱きしめ返される。自己嫌悪でぐちゃぐちゃになっていた気持ちが少しずつ落ち着いていく。

「……サプライズじゃなくなちゃったけど、そのうち持ってくるね」

すまん、ありがとう。と返事をして、それから旋毛にキスを落とす。こんなことになるならば、もっと早く渡してしまえばよかった、と思いながら。彼女の言うそのうち、の日が来たときには、引き出しにしまっている指輪と婚姻届けを渡そうと決めて。



「こわかった」
「…すまんかった」
「うん。盧笙くんだけが、ずっとだいすきだよ」
「…………おれも」

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