疲れた、疲れた、つかれた!
頭がそればかりを埋めつくし、家に向かう足がどんどん早くなる。寒いしお腹すいたし残業頑張ったし、とにかく疲れた。カンカンカン、とパンプスの低いヒールが良い音を立てる階段を上りきって鍵を開けて家に入れば、ふんわりと香るいい匂い。それから数秒して、どすどすといつもうるさい彼の足音。

「おかえり、遅かったな」
「ただいまぁ〜〜〜つかれたあ」
「おん、お疲れさん。はよ手洗ってき。今日はシチューやから」
「え!シチュー!? 白いやつ?」
「白いやつ」

やったあ大好き!と飛びついたのに、ひょいと躱されてしまう。むっとして頬を膨らませるも呆れたように笑われるだけだったので大人しく手洗いうがいを済ませた。白いシチューは私の大好物。今朝に残業かもしれない、と言ったことを覚えていてくれたのだろうか。真意はわからないけれど、優しい盧笙くんのことだからきっとそうだと思い込んで炬燵の中に入り込む。いつもなら運ぶの手伝えや、と柔らかい声が飛んでくるのだが今日はそれがない。あれ、と盧笙くんの方を見れば私の分までお皿を持ってきてくれていた。温かいお茶付きだ。

「ちょお、もうちょい寄り」
「え!おとなり?」
「…ん」

四角形はまだ3つも開いているというのに、盧笙くんが選んだのは狭い私の隣だった。ぴったりすぐそばに入り込んできてくれたことが嬉しくて嬉しくて、くっついているのに身を摺り寄せれば軽く頭を叩かれる。それから顔を見合わせて笑い、ひとしきり息を吐き出しきったところで手を合わせていただきますをする。スプーンで掬ったところで異変に気付き、勢いよく彼の顔を見上げた。

「ろしょくん、こ、これ…!」
「なんや」
「さつまいものシチューなの!?」
「………好きやったろ、これ」

だいすき、と言う前にスプーンに大きくシチューを掬って口に含む。あったかくて、あまくて、おいしくて。きっと幸せってこういう味がするんだと思う。

「うまいか?」
「だいすき!」
「アホ、答えになってへんわ」

言葉とはちぐはぐに嬉しそうに細められた盧笙くんの目元。曇るから、とテーブルの端の方に置かれた眼鏡をちらりと見て、今日はしやすいな、と上半身を伸ばす。ちゅ、と小さな音がして触れる唇。びっくりした盧笙くんの顔。

「ふふ、シチュー味!」
「おまっ……お前な、ご飯中やぞ…!」
「えへへ。ごめんなさーい」

口だけだということをわかりきっているのか、じっとりとした視線を向けられて舌を出す。はぁ、と帰ってきたばかりの時と同じ呆れた笑み。お互いの今日あった出来事を話しながらどんどんなくなっていくシチュー。幸せの味がなくなってしまうのが悲しくて、少しずつ腕の進みが遅くなっていく。

「なんや、もうお腹いっぱいか?」
「んー…。なくなっちゃうの、やだなって」
「ふは、なに言うとん。また作ればええやん。っちゅうか明日の分もあるわ」
「え!」
「やから安心して食い」
「ろしょくん……だいすき………」

はいはい、と既に食べ終わった彼が優しく私の頭を撫でる。はいは一回!と元気よく言えば少し拗ねた声色で一回のお返事。食べきって、ご馳走様をして、お皿を下げて。今日の洗い物は私がやる、と腕まくり。ご飯を作らなかった方が洗い物をするのは私達のルールだ。

「ろしょくん、おべんと今日も完食!えらい!」
「別にえらないわ。毎日つくってくれてありがとうな」
「毎日ぜんぶ食べてくれるおかげです!」

お互い少し大きな声を出してカウンター越しに会話をしながら盧笙くんの大きなお弁当箱と、自分の小さなお弁当箱まで洗い終えてリビングへ戻る。ソファでテレビを見ていた盧笙くんが私を見て、ゆるゆると表情を柔らかくしていく。

「ん…なまえ、おいで」

広げられた両手と、溶けてしまうくらいに優しい声。下げられた目尻と、伏せた睫毛。

「っお、い!勢い良すぎるわ!」
「んへへ、ろしょくん、だいすき!」
「…俺も好きやよ」

今度は躱されずにしっかり受け止められた自分の体。ぎゅうぎゅうと抱き着いて体温をはんぶんこ。ちうう、と可愛いキスをされて、ふたりで笑う。なくならない幸せの味がここにあった!と大発見。偶の残業も悪くないな、と思うくらいには、彼に骨の髄まで惚れ込んでいる。

「しあわせだ〜」
「なんやねん急に。まあ、そうやけど」

きっと明日も明後日も続いていく幸福。盧笙くんが隣にいる限り。きっと私は、世界でいちばんしあわせ者だ。

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