やっと終わった、早く帰っておいしいご飯が食べたい、今日は鍋にしよう。と、仕事終わり帰宅するために車に乗りこんだ。エンジンスターターがほとんど意味を為していないくらい車内は寒く、表示されている温度は氷点下を示していた。冬が来たとは思っていたがまさか一気に寒くなるなんてな、と薄手のコートを羽織ってきてしまったことを後悔する。ライトをつけてさあ帰ろう、と思った時にピ、となる電子音。それから目の前にはガソリンがあと少しで切れるよのお知らせ。はああ、と大きな溜め息を堪えることもせずいつもより少し乱雑にアクセルを踏んでガソリンスタンドを目指した。

よりによってこんなに寒い日に。と運転中に何度も思う。フルサービスの時間はとっくに終わってしまっているので、外に出て自分で給油しなくてはならないのだ。手袋もしてないのに、と思いながらできるだけ素早く終われるように準備をして、スっと一呼吸置いてから車の外へと一歩踏み出す。ヒュ、と風が音を立てるほど強く吹いていて、スカートがはためいていた。寒すぎる。

「お姉さんこんばんは〜!寒そうやなぁ」
「…こんばんは」

作業着にベンチコートのような暖かそうな格好をしてキャップを被っている従業員のお兄さんに声をかけられる。点検中とかだったら嫌だな、と言葉を待っている間も人の良さそうな笑みは絶えない。

「割引券持っとる〜? ないんやったらこれピッてしたるからな〜」
「あ、持ってないです。ありがとうございます」
「どういたしまして〜っと!はい、どーぞ」

わざわざ寒い中外に出て割引してくれるなんて優しいお兄さんだな、と思いつつ給油の準備を始める。レギュラー、満タン、とボタンを押していきノズルを握ろうと横を向けば先程のお兄さんが給油キャップを開けてくれていた。にこにこにこ、としながら見つめられるものだから会釈をしてから給油を開始する。

「えらい寒いなぁ今日は」
「そうですね」
「おねーさん、お仕事終わりなん?このあと予定とかあるん?」
「いえ、仕事終わりでこのあとは帰るだけですね」
「そかそか!風邪引かんようにな」

そう言ったあとこちらに1歩近づいて、ノズルを持っている手に上から白くて華奢な手が重ねられる。後ろから抱きしめられるような体制に驚き。レバーを引いている指から思わず力が抜けてカチッと音を立てて給油が止まった。

「あら、もう入らへん?」
「えっ。あ、いや、」
「ん、」

指と指がそっと触れ、私の代わりにレバーを引くお兄さんの体温が暖かくて、何も言えなくなってしまう。世間話を続ける彼になんと返事をしていいかわからず、曖昧で下手くそな相槌ばかり打ってしまう。お兄さんの顔が至近距離にあって、細い目がこちらを見つめているようでゴクリと唾を飲み込んだ。な、なんで、一体どういうつもりで、と声に出そうとしても上手く言葉にはならず、はくはくと息をこぼすばかりだった。

「はい、終わったで」
「へ、あ、ありがとうございます…」
「お姉さんの手、冷たすぎて心配なるわぁ。…なぁ、可愛いな思うとるからこういうことしたんやけど」
「えっ!?」
「あ、これ割引券な!裏に連絡先書いとるんで、気が向いたら連絡してや」

語尾にハートマークがつきそうなくらい甘い声色でそう言われる。うんともすんとも言えない私にお兄さんは喉で笑い、寒いからはよ帰り、と車に乗せられてしまった。にこにこの笑顔を崩さないまま手を振るお兄さんに数度頭を下げてガソリンスタンドを出る。外にいたのに妙に生温い指先と、割引券の裏に書かれた11桁の数字が私の心拍数を引き上げていた。


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