マイクを持ってバトルする彼を初めて見た。一緒にいる時はほとんど穏やかな表情を崩さない彼の大きく吊り上がった目元と吐き出される綺麗とは言えない言葉たち。怪我をしたりさせたりしながらビートに乗せて吐き出されるそれに、素直に脅えてしまっていた。

盧笙くんは優しい。人より面倒くさく、傷つきやすい私に気を回してくれているのか、愛情からきているのかはわからないが、とても優しくてあたたかい。だから、今目の前で起こっている事実を受止め切れそうになかった。

「んまっ、こんなとこやな!盧笙おつかれさ〜ん」
「簓もな。たまたま近くにおって良かったわ」
「ほんまにね。ほならデートの邪魔になるんで簓さんは次のお仕事行くで〜」

ほなね〜と座り込んだままの私にも手を振ってくれた白膠木さんに手を振り返すこともできぬまま後ろ姿をぼうっと見送った。最近外を歩いているだけで変な輩に絡まれることが多くなったと嘆いていたが、まさかその場に自分が遭遇するとは思わなかった。よく考えてみれば恋人であるし、危ないからと外出はほとんど盧笙くんと一緒なので、簡単に想像がつくことだ。

「平気か? すまんなぁ、巻き込んでしもて」
「っ、」

バチ、と音が鳴る。間違いなく私と盧笙くんの手と手の間で鳴ったそれに目を見開いた。他でもない私が、差し出された盧笙くんの手を弾いたのだ。数秒考え込むように黙りこくった盧笙くんに、やってしまったとどんどん負の感情に苛まれていく。謝らなくてはと思えば思うほど息がしづらくなっていって、次第に途切れ途切れになる。は、は、と短く息を吐く私を見て盧笙くんは「ごめんな」と言う。違う、と言おうとしたのも束の間、拒む隙間もないスピードで抱きかかえられた。すっぽり彼の腕の中に収まり、普段よりいくらか視線が高い。反射でぎゅ、と強く抱きつけば安心したような彼の息を吐く音が聞こえた。血を流して倒れている人達に目もくれず人通りの少ない場所へ移動し、そっと地面に降ろされる。

「怪我ないか?」
「…う、ん」
「ん。良かった。…触ってもええ?」
「っ、ぁ、」
「泣かんでよ」

返事ができず何度も頷く私に盧笙くんは困った顔をした。優しく柔らかく彼に抱きしめられて、ぽんぽんと頭を撫でられる。嗅ぎなれた香水の匂いに安心して涙の落ちるスピードが加速した。

「ぅ、ろしょ、くん…」
「なあに」
「知らない人みたいで、こわかった…。ろしょくん、ここにいる…?」
「おん。おるよ。ずっとお前の傍におる。離れろ言うても離れへんよ」
「ずっと…?」
「そやね、ずっと一緒にいてもええ?」
「いっしょ、が、いい…」

良かった、俺も。と優しく笑う。先程までの彼はもうどこにもおらず、いつもの盧笙くんが目の前にいた。どんな彼も彼だけれど、やっぱり私は優しくてあたたかい彼がいちばん好きみたいだ。


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