今日は一段と冷えるなあ、と今朝方ニュースを見ながら彼がこぼした言葉を器用に掬い上げてしまったばっかりに。自分の後先考えずに行動するところが少しだけ嫌になりつつも、安っぽい音を立てるビニール袋の中身は返事などしてくれないので大人しく帰路に着く。会議が早めに終わった盧笙くんが先に帰ってご飯を作ってくれているらしいので、コンビニにもスーパーにも寄らずに直帰した。

「ただいまぁ」
「ん、おかえり。寒かったやろ。飯できとるよ。風呂も」
「ありがとうぅ…好き……」

 なんやそれ、と笑った彼が半ば倒れ込むように抱き着いた私の体をそっと受け止めてくれる。ぐりぐりと頭を胸元に押し付け彼の傍で呼吸をすれば、冷え切った体に愛しさが循環して心地良い。しばらくそうしていれば、カサ、と音が鳴って、それに盧笙くんが反応する。

「なに買ってきたん?」
「あ……えーっと、」
「無駄遣いしたんか? 珍しいなぁ」
「や、そういう……。むだづかい、かも、」

 煮え切らない私の言葉を不審に思ったのかビニール袋を腕から抜き取って中身を確認される。そこには、私達くらいの年齢には似つかわしくないような、ふわふわのパジャマが二組。男女兼用のものを選んだため、可愛すぎるデザインだという訳ではないのだが、それでも、私達が着るには少々勇気がいるだろう。数秒凝視した後、固まったままの盧笙くんに声をかければ、ぱ、と視線がこちらに向く。

「……無駄遣いじゃ、あらへんな」
「えっ」
「飯食い終わって、風呂入ったら着よか」

 振り返ってリビングへと進んで行く盧笙くんの後を困惑しながらも追う。耳を真っ赤に染めながらも、そう言ってくれたことが嬉しい。うん、と小さく返事をして。それから彼が作ってくれた鍋をふたりでつついた。炬燵の中で足を遊ばせて、立ち込めた幸福に笑い合う。否定されないことが嬉しいということを、きっと盧笙くんは知らないね。

 何度夜を重ねても恥ずかしさに慣れないのと同じように、時間が合えば一緒に入るようにしているお風呂も同じである。湯船の中にふたりきり。盧笙くんは体格が良いので、ぴったりくっつかないと収まりきらない。動けばお湯の音が耳に響いて羞恥を煽るが、恥ずかしくてじっとしていることもできない。

 盧笙くんの脚の中、背を預けて後ろから抱きしめられる体制。私も盧笙くんもこれが大好きだった。斜め上に視線を動かせば彼の顔がきちんと見えて、言いたいことも伝えたいことも全て察することのできる距離。盧笙くんの心臓の音がはっきりと聞こえて、それにいつも酷く安心する。温かさと、安心と、日ごろの疲れが重なって。なんだか眠たくて、瞼が重い。

「ろしょ…くん、」
「おねむさんやねぇ。今日も一日頑張ってえらかったなぁ」

 ぎゅ、と抱きしめる力が少しだけ強くなる。ぴちゃん、とお湯が跳ねて、一緒に心臓も跳ねる。盧笙くんと一緒なら溺れたって良いってくらい、四角形の中はしあわせであふれていた。

「風邪ひくで、はよあがろ」
「んぅー…」
「抱っこか?」

 それはまるで赤子にするように。素肌と素肌が密着して、優しく抱きかかえられながら風呂場を出る。なんだかんだ言って盧笙くんは世話焼きで、私は甘えんぼなのだ。そっと床に脚をつけて、手渡されたバスタオルで全身を拭く。下着だけ身に着けた状態になったところで、盧笙くんが恥ずかしそうにこちらを見つめていた。なあに、と視線で言えば、そっと渡されるふわふわのパジャマ。そうだった、と思いだして眠気が幾分か飛んでいく。冷えるやろ、と言葉で急かされてそれに身を包む。はずかしいけど、あったかい。

「……ぶかぶかやん、それ」
「わ、盧笙くん、にあう」
「ちょっと俺には可愛すぎるんちゃうの…?」
「そんなことない、可愛い、すごい、待って、写真…!」
「あかん髪乾かしてからにしなさい!」

 お母さんみたい、と言えば怒ることを知っているので飲み込んだ。渋々携帯をとりに行くのをやめてドライヤーを手に持つ。コンセントを繋げば、するりと抜き取られるドライヤー。洗面台の鏡には私の後ろに立つ盧笙くんが映っている。盧笙くんだって髪が長いのに、ふたりでお風呂に入ったら必ず乾かしてくれるところ。これも彼を好きである理由のひとつだ。そもそも、理由なんて数えだしたらキリがなくって、彼のほとんど全てが愛しく、尊く、耐え難いような、それでいてむずがゆいような、そういった感情を持たされる。好き、という言葉は実に便利だなと、日毎、彼と時間を重ねる度に思う。

「ん、乾いた」
「ありがと。次盧笙くんね」
「ん」

 ドライヤーを渡され、場所を交換して今度は私が盧笙くんの髪の毛を乾かしていく。私がやりやすいように屈んでくれるところ、これも、そうだ。サラサラと髪が指に通るたびに、揃いのシャンプーが鼻孔を擽る。ふたりで決めた生活用品。この家のどれもに、幸福が宿っている。

「乾いた!」
「ありがとう。えらいご機嫌やね」
「えへ、しあわせだなーって思って!写真撮ろ?」

 一回だけやぞ、という盧笙くんを押し切って何度もシャッターを切る。ソファの上にはクッションが散らかっていて、切り取られた画像の中のそれですら愛しい。盧笙くんはどうせ撮れているかどうかわかんないし、と何度もシャッターを切っておいた。

「なあ、」
「うん?」
「俺もお前とおれて幸せやなぁって、思っとるよ」

 可愛いパジャマに身を包んだ盧笙くんが吐き出した、可愛さよりは愛しさを含んだ言葉が私を溶かしていく。ああ、お揃い、買って良かった。きっとこうして、明日も、幸福を帯びたものが増えていくんだ。

戻る
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -