「ね、ろしょくん」
「ん。どした」
「ちゅうしたい」

ゲホッ、ゴホッ、となんとも分かりやすく動揺して咽返ってしまった。発言した当の本人は何食わぬ顔でこちらを見つめている。今はデートの最中であり、ここは電車の中である。幸い元々声の小さい彼女のため周囲に聞かれてはいないだろうが小さく辺りを見回して視線が向いていないことに安心して息を吐いた。昼間とはいえ日曜日、電車内にはそこそこ人がいる。

「っ、のなあ。なまえ。ここどこやと思っとるん」
「電車だよ?」

だよ? じゃあらへんわ、と頭を軽く叩く。両手で叩かれた場所を抑えて頬を膨らませる姿は文句なしに可愛いが、常識を外れた行為を教師である自分がするわけにはいかない。乗り換えのある駅を通りさらに込み合った電車内で身を寄せ合いつつ未だ拗ねたままの頬をするりと撫でてやればまるで猫のように擦り寄ってきた。あかん、躑躅森盧笙。我慢や。と自分に何度も言い聞かせる。

キスなんて、数えるほどしかしたことがない。それくらい俺達の交際期間は短いし、会う頻度も少なかった。
幼い頃からの腐れ縁で、なまえとはずっと一緒に成長してきた。俺の挫折も成功も挑戦も一番近くで見ていてくれた子。二十六にもなって自分の恋心を自覚していなかった俺に、好きだと言ったのは彼女の方からだった。情けなく受け身側に回り、生涯添い遂げるのはこいつしかいないなと気づかされ、お付き合いを始めたは良いものの。ただの幼馴染だった頃とは全くと言って良いほど態度の違う彼女に困惑しているのも事実だった。俺の知っているなまえは、こんなに甘えたではない。

「ほら、降りるで。足元気ぃつけや」
「………んん」

そう言って手を差し出せば不満げに繋がれる。アホ、キスなんて四六時中したいに決まっとるやんか。と、本当のことは口が裂けても言えない。彼女の希望で洋服を見に行くことになっているが、正直買い物のことはよくわからない。とりあえずでかくてなんでも揃っているところに、と駅から出る。人通りがまばらになってきたところでピタりと彼女の脚が止まった。

「なんや、どうしたん? 腹減ったか? 暑いか? なんか飲むか? 疲れたなら一回どっか入ろか」
「…全部ちがう」
「そんなん言うてもな…とりあえずここやと邪魔になるからこっち来ぃ」

少し強く腕を引っ張って人の少ない方へ方へと進んでいく。オオサカ言うても路地の奥なんて誰もおらへんわなぁ、とギラギラした街並みとは違う少し寂れたコンクリートを見て思う。俯いてとぼとぼと歩く彼女が口を開く様子はない。

「なん。今日どしたん」
「どしたんって、ろしょくんは、」
「俺?」
「ろしょくんは……したくない、の?」
「っ、はぁ〜。おま…え、なあ」
数秒葛藤し、ふたり以外の呼吸しか聞こえないことを確認してから彼女の顎を掬って口付けた。きらきらの目をまあるく見開いて、信じられないとでも言わんばかりに顔を赤くする彼女に思わず笑い、それからもう一度。こんどはわざと音を立ててやれば、力の抜けきった腕が俺の胸板をそっと押し返す。なんやのそれ、抵抗のつもりなん? ほんまに可愛すぎても困るわ。

「っ、ろしょく…っ、ん」
「ふ…なぁに」

ちゅ、ちゅ、と絶え間なくキスし続けていれば、とうとう脚にも力が入らなくなってしまったらしい。がくん、と落ちそうになった体をすんでのところで腰を抱きかかえて停止させた。そのまま自分の方に引き寄せて、自分よりずっと下の方にある唇目掛けて再度キスをする。とんとん、と舌で唇に触れれば遠慮がちに開いた。素直でかわええやん。

「は…はっ、は、」
「はは。首まで真っ赤やん」
「っ、ばか!ろしょくんのばか…!」
「アホお前馬鹿はあかんやろ!大体煽ったのはお前やからな」
「あほじゃない〜〜〜!」

少しだけ論点のずれた口論を交わし、それから熱っぽい視線に当てられる。ぞくりと全身の血液が沸き立って、細胞が俺に訴えかけている。はやくこいつを食わせてくれと。

「やばい、あかん、もう帰ろ。買い物は次にしよ、な?」
「やだ」「やじゃあらへん」「やだ!」
「…家帰ってこれよりもっと、ぎょうさんキスしよう言うとるのがわからへんの?」

耳元でそう言えば返す言葉もなくなったのか、うるうると涙の溜まった目でこちらを見つめてくるだけだった。それを肯定だと受け取った俺は逸る気持ちを必死に押さえつけて、タクシー乗り場までの最短ルートを計算していた。

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