トン、トン、と細長くて白い指先が私の膝の上で遊んでいる。時々撫でたり置かれたりするそれの行方を見守りつつ、彼の隣で息を吸う。いつもみたいな柔軟剤のいいにおいではなく、爽やかでちょっぴり男らしい香水の匂いがする。身嗜みやろ、と以前に言っていたことを思い出して頬が緩んだ。生真面目な彼のこういうところに惚れたのだ。日々、人間としてとても尊敬している。テストの採点をしている右手が止まり、左手が膝から離れていき、ぐぐぐ、と伸びをした後にこちらに倒れ込んでくる大きなからだ。わー、と間抜けな声を上げて一緒にそのまま倒れ込む。頭が床に着く前にそっと手が入り込んできて、ああこういう所が素敵な人だな、などと。

「終わった…。暇やったやろ、ごめんな」
「ううん。ろしょくんの丸つけ見てるの楽しいよ」
「そうなんか? なまえは不思議なやっちゃなあ」
「一緒にいれるだけでしあわせだもん」

そう言えばむに、と頬をつままれた。痛くはないけれど、と彼を見つめれば少し紅く染まった頬。本当のことを言っただけだし、盧笙くんだってそう思っているくせに、可愛い人だなあ。

デートの回数は多くない。先生という職業は私が想像していたよりもずっと忙しくて、朝は早いし夜は遅い日も少なくないし、お休みの日もなんだかんだで仕事があったりする。外を出歩けば彼を慕う生徒さんにたちまち見つかってからかわれてしまうし(私はちょっと嬉しいんだけれど、盧笙くんは恥ずかしいみたい)最近はテリトリーバトルもある。抱えるものがたくさんある彼の、だいじのひとつに自分がいることが嬉しい。だから特に、何もしなくたって構わないのだ。傍にいるだけで、こんなにあったかい。

ぱ、と手が離れる。見つめられたまま何も喋らない盧笙くんに、私も頬をつまみ返してみた。数秒もせずに笑いだした盧笙くんを見て、私も同じように笑う。頬にくっついていた手を取られ、指が絡まり、ぎゅ、と握りこまれる。骨ばってごつごつしているのに、細くて綺麗で長い指先。私は盧笙くんの手が大好きだった。もう二度と大切な夢をこぼさないようにと、全てを抱えた手。少しでも支えになれていたらいいな、と、心からそう思う。

「…なあ、なまえ、好きや」
「うん。私も好きだよ」
「知っとる」
「ふふ、私だって知ってるよ」

アホ、うるさいわ。と彼の言葉が続く。カーペットの上でふたり、寝転んだまま笑いあって、触れるだけのキスをされる。さすがにこれを仕返すのは恥ずかしいので、くちびるじゃなくておでこにちゅ。盧笙くんの生徒さんもびっくりの子供みたいな可愛らしい行為。私はこれも、大好きで。

「かわええ、な」
ぼとり。自然と零れ出たように落ちた言葉を掬う。
「ろしょくんもかっこいいよ」
「んん…ありがとうな」
「あんまりありがとって顔してないよ」
「むず痒いねん」
「私もちょっとだけ恥ずかしいよ、でもうれしい」
「俺も」

さっきまで丸つけをしていた右手が今は私の手とぴったりいっしょになっている。それがどんなに嬉しいか、きっと一生盧笙くんにはわからないだろう。わかんなくてもいいんだけどね、と誰が聞いている訳でもないのにそう思って、彼に擦り寄った。掠れた声で「甘えたやなぁ」と言われて、うん、そうだよ、とは言わずに彼の背中に腕を回す。盧笙くんの左手が私の背中に回り、すっぽりと包み込まれる。カーテンから漏れた日差しが微かに当たって暖かい。決して広いとは言えない部屋に、大好きな盧笙くんとふたりきり。こんな幸福、ここ以外にはどこにもない。彼しか持ち合わせていない、彼にしかつくることができない私のしあわせ。

「だいすき〜」
「ん、知っとるって」
「ろしょくんも?」
「知っとるやろ!…大好き、やってば」
「へへ、」

ありがとう、という前に再度唇が触れる。やっぱり触れるだけの可愛いキスだけれど、しっかりとした幸福の味がするんだ。

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