コンクリートが雨を吸っていくのを唯見つめた。髪の毛から滴る水が自分の靴を濡らしている。雷の音と、知らない誰かの叫び声。行き交う大量の人の中、俺だけがひとりぼっちだった。

この濡れようじゃどこにも入れないな、と建物での雨宿りを諦めて本部へと足を戻す。トリオン体になってしまえば屋根や壁を使い一瞬で戻れるのに、と思いつつも僅かに残った理性がそれを止める。わかっているよ、駄目なことくらい。と、誰に咎められている訳でもないのに。

天気予報は晴れだった。俺が見たのは雨だった。傘を持って出ていこうとする俺に、降らないよ、と教えた君は嘘つきだ。

「ゆういち、いた!」
「…迎えに来たの?」
「うん。雨降らないよって言っちゃったから。やっぱり悠一の方が正解だったね」

裾をいくらか濡らした恋人が傘を差し出している。受け取って、開きはせずに彼女が差している傘を奪い取った。一瞬驚いてから、すぐに笑いだす彼女に冷ややかな視線を送り、それからゆっくりと歩き出す。開いた手で風間さんに「ごめん、行けなくなった」とだけ連絡をした。どうせすぐ電話がくる、と見えもしないのに確信してマナーモードにしてしまう。彼女の視線が俺の指を捉え、ポケットに移り、それから視線がかち合った。

「いいの?」
「うん」
「嘘。怒られるんじゃないの」
「その時はその時だよ」

相合傘って距離は近いし恋人っぽくて好きだけど、手を繋げないのは難点だよな。そっと肩を抱き寄せれば赤く染まる頬。こういうところが可愛いんだ。

「大事な遠征前なんでしょ?」
「んー…うん。それはそう」
「じゃあやっぱりボーダーまで送ってくよ」
「やだよ。おれを送ったあとどうするのさ」
「どうって…帰ってごはんつくって待ってるよ」

仕方ないから悠一の好きなからあげにしてあげる、と悪戯に笑った彼女を抱く力を強める。わ、と小さく声を漏らし足を縺れさせた彼女を体で受け止めた。ありがとう、と言われる前に屈んで唇を塞ぐ。数秒して離れ、元の体制に戻れば、信じられないとでも言いたげな彼女の表情。

「なっ…に考えてんの!こんなとこで!」
「傘で隠れてたから誰にも見られてないよ」
「そういう問題じゃない!」

じゃあどういう問題? と笑って問いかけてやれば、バシンとわき腹の当たりを叩かれた。「いった〜い」なんて軽口を叩けば、益々不機嫌に染まっていく表情。寄せられた眉間の皺をするすると撫でて、傘を閉じる。

「ちょっと、雨、」
「もう止むんだよ。…ね、なまえ。帰ろうよ。いっしょに」
「虹でる?」
「え? でないと思うけど…」

脈絡のない緩い会話と足元で跳ねる水が心地良い。傘がいらないくらい小降りになった空模様に観念したのか、俺の手を取り歩いていく彼女に続く。大通りを抜けてどんどん少なくなっていく人通りと、上機嫌そうな鼻唄に安堵する。虹が出ないと知っても機嫌を直した理由がよくわからないけれど。

「ね、ゆーいち」
「なあに?」
「死なないでね」

来週行く遠征のことを差しているのか、今にも死んでしまいそうな精神を差しているのかがわからなかった。うん、とは言えないしなあと思いながら曖昧に頷けば、じっとりとした視線を感じる。君の隣でしかふたりになれない俺のこと、全部知ったら君は笑うだろうか。

「私さ、ちゃんと待ってるよ」
「うん」
「悠一の好きなご飯と、あったかいお風呂と、干したばっかりのふかふかのおふとんつきだよ」
「…うん」
「だから明日はボーダー、行こうね」

力なく地面に落ちた返事は水を纏っていて、彼女の指先が俺の頬を掬った。繋いでいる手を強く握れば、柔らかく握り返してくれる。どちらかともなく足を少しだけ早めて、急いでふたりの家を目指した。そこに言葉はなかったけれど、言いたいことは全部わかっている気がしたし、わかる気がした。
ひとりぼっちの俺を、唯一孤独にしない君が、俺の生を望んでいる。

なまえが待っていてくれるなら、ちゃんと帰ってこようかな。なんてことは口が裂けてもボーダーには言えない。

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