気が乗らないなと言っていた職場の飲み会から帰宅した恋人は、予想とは正反対の状態だった。紅く染まった頬に覚束無い足元。いつもより少しだけ下がった目尻と、柔らかな視線。

「ただいまぁ」
「おかえりなさい、盧笙さん。…飲みすぎましたね?」

酔ってへんわ、と酔っぱらいの常套句をこぼして靴を脱いだ盧笙さんからコートを預かってかける。酔ってますか? と聞いたんじゃないのにな。明日は土曜日、2人とも休日だ。夜を更かしても問題ないが、お昼まで寝てしまうのは勿体ないような気がした。明日辛くならないように、とコップに水を汲んでいれば近づいてくる足音。もし食べてこなかったら困ると思い少しだけではあるが夕飯を用意してある。食べますか? と聞こうとして開けた口は、彼の思いもよらぬ行動によって閉じることになった。

「は〜、ええ匂いする」
「ちょっと、ろ、盧笙さん!?」

ぎゅうぎゅうと腰に絡みついてくる盧笙さんの鍛えられた両腕と、首元に埋められた顔に身動きが取れなくなる。ぐりぐりと頭を押し付けながら小さく呻き声を上げる盧笙さんに、こちらの心臓が持ちそうにない。普段からスキンシップが多くない彼の、酔った勢い。アルコールのツンとする香りが鼻腔を掠めた。

ちう、と小さく音がすると同時に一瞬だけ鋭い痛みが首元に走る。された行為に驚いて、コップが手元から滑り落ちた。大きな音を上げたものの、割れてはいないそれに安心している場合ではない。彼のグラスコードが小さく音を立て、もう1度走る痛み。

「ん…は、えらい綺麗についたわ」
「な、なに……を!」
「何って、キスマークやけど」

きょとんした表情でそう告げられて、声にならない声をあげる私を見て盧笙さんは喉を鳴らして上機嫌そうに笑った。痕がついているであろうそこを指でなぞって、熱い視線が注がれる。

「顔真っ赤やん。かわええね」
「よ、酔いすぎです!」
「酔ってないって言うとるやん…はは、怒った顔もかわええ、」

くるりと方向を転換され、向き合う姿勢になる。近い距離のまま私より数10cm高い場所にある視線と目が合った。私に合わせて屈み、顔の位置がほとんど平行になる。あ、と思った時には既に遅く。ちゅ、と音を立てて離れていく唇。

「あかん、我慢できひん」
「ダメです。はい、水飲んでください」
「飲んだらキスしてええの?」
「そうじゃありません!」
「ええこと思いついたわ」

普段の彼からは想像もつかないような言動の数々になんとか立ち向かっていれば、突然盧笙さんが離れていく。先程私が落としてしまったコップに水を汲みなおし、手渡された。よく分からないまま視線に促されるまま水を飲もうとすれば、刹那。引かれた腕に傾く体重。水を含んだままの口は、あっという間に彼とくっついている。

「っ…!? ん、ん…っ」
「ふは…。ごちそーさん」

私の口内の水を根こそぎ吸い付くして、彼が不敵に笑う。言葉を失いただ立ち尽くしているだけの私を見て、盧笙さんはまた笑った。ねむなってきたわ、と言うが否や指を絡めて寝室まで連れていかれる。抱き枕のごとく抱きしめられて、そっと額にキスが降ってくる。最早なんの言葉もでなかった。全身が熱い。

「いつもありがとうなぁ。おやすみ」
「………おやすみなさい、」

直ぐに聞こえてきた寝息に少しだけ安堵して、そっと彼のおでこにキスを仕返した。明日の朝、私の首元を見て謝る姿が安易に目に浮かんできて、笑いながら目を閉じた。

戻る
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -