記憶をさかのぼってみれば、言われてみれば、そうだったかもしれないな ということばかりで思わず頭を抱える。玄関前でずっと立ち尽くしているわけにもいかず、意を決して扉を開く。その先にいるのは、いつもとなんら違いのない彼女だった。


君の未来が見えない


数分前のことだ。いつも通り任務が終わり帰路を辿り、ポストを開けてから玄関まで向かう。そのポストに見慣れない封筒が入っていたものだから、エレベーターを待っている間に封を開けたのだ。今思えばこんなもの、一生気が付かなくて良かったのにとすら思う。そこに書いていたことは昨日までの俺には考えもつかない内容で、理解もろくにできないまま冷や汗が滲み出た。信じられるわけがないのだ。一緒に暮らしている彼女が、実は人間ではありません。だなんて。

「おかえりなさい、悠一」
「うん、ただいま。なまえ」

いつもと一字一句違わぬ言葉を口にして、風呂にするか飯にするか質問してくるなまえの姿はどこからどうみても人間にしか見えない。見られてはいけないと思ってポケットにしまい込んだ封筒を気にしながら、風呂も飯も断って自室のベッドに飛び込んだ。もう一度紙を広げて見てみても書いている内容は変わらない。つまりなまえはネイバーってこと? ああそれならどんなに良かったか。そんなもの住んでいる国が違うだけのようなものだ。実際遊真もミカエルも俺たちと同じ人間だと俺は思っている。遊真はトリオン体だから睡眠をとったりはしないが、生身の体であるネイバーは食事も睡眠も必要だ。そんなのなまえも同じじゃないか。デートのときは美味しそうに飯や甘いものを口に運ぶし、一緒になって昼寝するときだって少なくない。体調を崩しているところは見たことがないが、健康体ってことだろう。大体、紙に書いてあることが事実であるならば、なんのためになまえが存在しているかがわからない。俺にはなまえがいなくたって生活していける能力や資金があるし、ボーダーという媒介を通してにはなるが、それなりに友人もいる。支部に寝泊まりすることも多いように、家族のようなものいる。ボーダーやネイバーが俺のサイドエフェクト目当てに調査している、ということは極めて可能性が低い。それならば、一体どうして。

「悠一? 具合わるい?」
「………いや、」
「入ってもいい?」

人型人工知能みょうじなまえの動作確認テスト期間終了の予告と調査協力の日程について。

それが頭を悩ませている原因の封筒の中身だった。

「ゆういち、」
「入っていいよ。ごめん、なまえ 話したいことがあるんだけどいい?」

体を起こして床に座る。部屋に入ってきたなまえが不思議そうな表情を浮かべながら正面に同じように座る。俺の部屋に置いてあるなまえのお気に入りのクッションを手渡せば、嬉しそうに笑った。こんなに自然な表情を作る子が、人間じゃないなんてそんなことありえない。と、言い切れない自分が悔しかった。だって、俺は一度も―――

「トリガー、起動」
「……へ」
「単刀直入に聞くね。なまえって人間ではなかったの?」

トリオン体に換装してから質問を投げかける。万が一の場合、彼女を殺さなければならない。もし俺の記憶や話したこと、生活の一部がどこかに漏れていたらボーダーにとって多大なる損害だからだ。自分が重要人物だとわかっているからこその行動で、きっと間違いではない。けれど、自分の恋人を疑うことが苦しかった。

「…うん。人間じゃないみたい」
そんなあっさり、どうして。
「そっ、か」
「悠一にも通知がきていたのね。私にもきたよ」
ぼろり 彼女の目から涙が流れ出す。
「どうしよう、私……っ、人間じゃないみたい」

袖で涙を拭いながら、泣きじゃくる彼女の一体どこが機械だというのだろうか。対話ができる。思考することもできる。こうして感情を露わにして泣く。きちんと喜怒哀楽があるし、それが場にそぐわなかったことはない。それなのにどうして、どうして。

「終わったら……私、どうなっちゃうのかな」
「なまえ」
「なくなる? わたし、ぜんぶ、ゆういちと…も、」
「なまえ!」

声を張り上げて彼女の体を抱きしめる。換装を解いて涙を拭ってやる。これ以上聞きたくないと願う気持ちとは裏腹に、なまえの言葉は止まらない。

動作確認テスト期間終了まで、あと68時間。

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