初めて彼のことを格好良いと思ったのはモニター越しで見た時だった。

『はは、見ました?佐鳥のアクロバティックツインスナイプ』

口元は緩んでいながらも目が全く笑っていない彼のトリオン体はすでにぼろぼろで どうしてベイルアウトしていないのかも不思議なくらいだった。彼の得意の必殺技の名前を口に出してはにかんでみせれば その体はゆっくりと重力に従って地面に近づいていく。いくらトリオン体でも、いくら死に慣れているとはいっても、こわくはないのだろうかと思ってしまうのは私が実際に戦闘をしたことがないオペレーターなのだからだろう。彼の体が地面につくのを見るのが怖くてモニターの電源をそっと落とす。電気をつけていなかった部屋はすっかり暗くなっていて、なにをしているのかと溜息をついた。大体私はこんな、自分の隊に何にも関係のないようなログを見るためにわざわざモニター室の鍵を借りたわけではないのだ。ちゃんと自分の仕事をしなければ、と思えば思うほどに先ほどの彼の表情が私の邪魔をする。なんだあれ。みたことがない、あんな顔。ずるい ずるすぎる。賢のくせに、むかつく。


はあ、と今度はわざと声にだして溜息をついた。壁一面にぎっしり埋め尽くされているログの中から遠征のデータを手当たり次第にひっぱりだしては適当に流す。今回私に与えられた仕事は近界での近界民の活動記録を簡潔にまとめること。簡単に言えばネイバーの世界で彼等がどうやって過ごしているのかまとめろというものだった。…上もむちゃな仕事を押し付けてくるものだ。大体、私は遠征に行ったことがないのになんでこんなこと。

と 悪態を頭の中で張り巡らせながらもモニターからは目を離さない。16歳の敏腕天才オペレーター。これは私がみんなに呼ばれている呼称みたいなものだ。天才だなんて簡単なことを言う。私はいつだって努力をしてきたし、なにより敏腕天才オペレーターならA級部隊に引き抜かれるくらいあってもいいだろうに。

「あーあ。つまんないの」

つい声が漏れる。よく考えてみればこれってオペレーターがやる仕事? と与えられた責務に疑問がでてきたところでがちゃりとドアの開く音がする。柄にもなくびくりと肩を震わせて恐る恐る後ろを振り向けば そこには先ほどまでモニター越しに映っていた人物がいた。

「いたいた!探したんだよ なまえ、」
「な、なにいきなりノックくらいしてよ」

賢がいた。別に普通の私服で。さっきみたいな赤い隊服ではなく。探したんだよとへらへら笑う彼はモニターの中とは別人のようで、まるで本当に違う人だったのじゃないかと錯覚するくらいだ。私の言葉に適当に謝罪を入れつつ彼は私の腕をぐいぐい引っ張って立たせようとする。なに、と声が出る前に彼が息を吸い込んだ。

「戦闘訓練、つきあって!」
「え」

パチパチ、音が鳴って部屋の電気もモニターの電源も落ちる。気づけば私の鞄を腕にぶら下げた賢が行くよ! と私を引っ張った。自然に動く足、追いついていかない頭。オペレートすれということだったのだろうか。綾辻さんが忙しいから? それにしたってどれにしたって私である必要はないし、オペレーターを必要とするほどきちんとした戦闘訓練を行うのだろうか。だったらそれこど綾辻さんじゃないと意味がないのではないだろうか。だって私がどんなオペレートをしたところでそれが嵐山隊にとってプラスになるわけはないのだ。天才だとか敏腕だとか そういったあいまいな言葉にぼやかされた私は 唯の無所属オペレーターだ。誰も拾ってくれないのを見てか、本当に私の実力を買ってくれたのかはわからないが今は本部最高指揮官である城戸さんの元で大きな侵攻があったときのために大人数に指示を出せるような訓練をしている。その他の時間は まあ、所謂雑用係なわけで。

「もったいないってずっと思ってたんだよね おれ」
「…なにが?」

訓練室に入ったと思えば急に賢が話し始める。屈託のない笑顔を向けられてしまえば、悪態をつく気もなくなってしまうものだ。マップを選択しながら上機嫌でトリオン体に換装した彼が、なんだか遠い人のように思えた。 目の前に、手の届く距離に、そこに、いるっていうのに。

「はい これなまえのトリガー」
「は…?」

ぽん と軽い効果音とともに手渡されたのは私が持っているような護身用のトリガーではなく、明らかに戦闘用のもので賢の顔と交互に見てしまった。トリオン体だから、それともさっきまでの映像のせいか それともなんなのか知らないけれどなんだか賢がどうしようもなく格好よく見えた。

「とりがー、おん…」

流されるままトリガーを起動する。なんだか少し大人びた笑みを浮かべた賢は赤がよく似合っていた。三門氏のヒーローの象徴ともいえる、あかいろ。


どこがいいかなあ と独り言を漏らしながら賢はステージを選択していく。市街地D、天候は晴れ。ビルなどの建物が多い以外はいたって普通のマップだ。行くよ、というのと同時くらいに転送ボタンに彼の指が触れる。頭が追いついていかないまま、目を開ければもうそこは別世界で。

「す、ご…」

オペレーターである私は戦闘経験もなければトリオン体に換装することも滅多にないしこうやってマップの中に入ることなんてもっとない。だから素直にすごいと、言葉が落ちた。モニター越しに何度だって見た仮想空間に今自分がいるなんて想像つかなくてあたりを見回す。先程まですぐ傍にいた賢がいなくて少しだけ不安になる。転送されたのは私と賢のふたりだけ。賢は戦闘訓練に付き合ってといった。 それってつまり え、 あれ 私と賢が対戦するということ!?

「ば、ばっくわーむ!」

おぼつかない声色でバックワームを起動する。慌ててトリガーチップを確認すればどうやらスコーピオンを使う攻撃手用のものらしい。とりあえずレーダーに居場所が映っていた時間が長いから、ここから動かなくてはならない。射線の通らない場所。考えている暇はないと足を動かせば賢の笑い声が聞こえて思わず振り向いた。

「なまえ、バックワーム起動して 戦うの?」
「え、戦わないの!?」

とうとう声をあげて笑い始めた賢を見て、なんだか恥ずかしくなってきた。彼の考えていることがまったくもって少しも理解できない。いつもとは少しだけ違う彼の体温が指先をかすめる。そのまま腕を引っ張られて重心が緩やかに、でも確実に傾いていく。ふわり 賢に抱き留められていることを理解したのはそれから数秒してからだったと思う。

「つかまっててね、せーの!」

青。
視界が青色に染まる。グラスホッパーを踏んだ賢はどうやら上に飛んだらしい。ぽんぽんと住宅街を飛び越え、気づけば一番高いビルの屋上だ。そっと私を降ろして微笑んだ彼は モニターの中の彼と おなじで。

「もったいないってずっと思ってたんだよね おれ」
「………なにが」


「なまえといっしょに この景色をみれないこと」


背中を強く押される。トリオン体だから痛みはない。勢いで、ビルから落ちる。

「け、賢!」
「だいじょうぶ ね、なまえ」

心底愛おしそうに、それでいて慈しむように名前を呼ばれる。空中で賢に抱きしめられる。唇がふさがる、目の前が彼でいっぱいになる。地面にくっつくまで あと何秒?

戻る
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -