一言でいえば、すきだった。それに尽きた。ただただ好きだった。だから、追いかけるのをやめなかった。
「二宮さん!!」
「…チッ」
「舌打ち!返事もせずに舌打ちですか!」
偶然廊下で見かけた背中に飛びつくような勢いで彼に話しかけてもいつも通りの舌打ちしか返ってこない。二宮さんは心底面倒くさいという顔で、目つきで私を見てくる。きりっとした顔立ちに、鋭い視線なんて向けられてしまったら私ドキドキで死んじゃいますよ、と言葉にするのはもったいないのでやめておいた。私の中だけでとっておこう!と決めれば怪訝な顔をされていることに気付く。あれ、なにかしたかな。
「なんだその緩みきった顔」
「え?」
「だらしねえな」
そう言って喉で笑って二宮さんは私に頬をつまむ。反抗しようと手を伸ばせば軽々しく避けられてしまった。むにむにと動かされる感覚がなんだかくすぐったくて笑いそうになる。彼の指先は思ったよりも冷たくて、そしてきっと、私の頬は思ったよりも熱いのだろう。本当は今にも幸せで死んでしまいそうだったし、心臓が破裂して死にそうだ。どっちが先かな、なんて考えていればぱっと手が離される。反射的に二宮さんの顔を見れば、満足そうに笑っていた。
「ちょっと太ったんじゃねえのか」
「エッ」
「図星か」
言葉に詰まる私を見て二宮さんは人の悪い笑みを浮かべる。悪魔だ!と言えばなんとでも言えと鼻で笑われてしまった。しまった、二宮さんきっとふくよかな人はすきじゃない。これは早急にダイエットを始めなければ。でもでも、太った原因あなたなんですからね と言えないのがもどかしい。
ねえ二宮さん。あなたのことを考えるとどうしようもなくドキドキするの。ずっと前からですよ。気づいているくせに、ずるいなあ。
「おんなのこにそういうこと言うの良くないですよ」
「誰が女の子だって?」
「ひ、ひどい!!」
ぎゃいぎゃい私が抗議の声を上げれば彼はまた笑った。あれ、もしかして今日は上機嫌? などと考えていれば曲がり角の向こうからいずみんと太刀川さんが歩いてくる。それに気づいた二宮さんはじゃれていた手をポケットにしまいこみいつものような冷たい表情を浮かべてしまった。 …むむ、急に不機嫌? 太刀川さんと喧嘩でもしたのかなあ。
「またアタックしてたんすか」
けらけらと笑ういずみんの口を慌てて塞げば今度は腹を抱えて笑い出した。二宮さんは私の気持ちにきづいている(たぶん)けどこの自分から言うまではほかの誰にも言われたくないのだ。すきだと、きっと今日も言えないけれど。
ここまでくるのに時間がかかった。二宮さんが笑いかけてくれるようになるまで馬鹿みたいに努力した。だから、この関係が壊れるのが、こわい。
「二宮さあ、言わなきゃ伝わんねえだろ」
「太刀川黙れ」
音をつけるならによによとした笑顔で太刀川さんが不意に言う。それに二宮さんはいつもの無表情で返していた。なんのことだかわからずいずみんを見ればまじっすか!とまた笑われる。なんだなんだ!仲間外れはよくない!
「あ〜これは、お互い様ですね」
「そうだなあ な、二宮?」
「うるさい俺はもう行く」
振り向きもせず二宮さんは自分の隊室のほうへと足を進めていく。追いかけようと迷って、やめた。また明日、きっと会えるだろう。私も訓練行かなきゃなあ、ぼんやり考えていれば太刀川さんにそっと耳打ちをされる。
「言わなきゃ伝わんねえのは、いっしょだよ」
数多の憶測が私の中で飛び交っていく。ボンッ と音を立てて顔が赤くなったような気がした。自意識過剰かもしれないけれど、そうかもしれないけれど、によによとした太刀川さんから推測できることは、私の中でひとつしかない。
「俺達も行くか〜」
「はい。じゃ、がんばってくださいね」
ふたりはによによしたまま去って行ってしまう。私にいくつもの爆弾を落としたまま。
「……こくはく、しよう…かな」
ぼとり、誰にも聞かれることないまま落ちた言葉は私の中だけに溶けていった。 とりあえずダイエットを成功させることからはじめよう。
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