もう随分と切りそろえていない前髪を流したときにふと窓の外が橙色に染まっているのが目に入る。慌てて時計に目をやれば予定していた時刻よりほんの少しだけ過ぎていて慌てて筆箱に筆記用具を詰め込んで問題集と一緒にスクールバッグに押し込んだ。肩にずしりと重みがのしかかって気が遠くなったのも束の間、誰かの歩いてくる音で意識がはっきりとする。背筋をぴんと伸ばして髪の毛を手で梳いてから角を曲がった。

「あ、みょうじさん。待たせてごめんね」
「ううん。赤葦くんこそこんなことになっちゃって… 申し訳ないです」

こんなこととは、帰りのホームルームにて先生の口から吐き出された言葉のことだ。最近不審者が目撃されたそうだから夜道は一人で歩くなよ。その言葉に大袈裟に肩を震わせてしまった私を見かねて、赤葦くんが声をかけてくれたのである。「みょうじさん今日 塾いっしょに行く? 俺部活あるから終わってからになっちゃうけど」夜道だとか不審者だとか、そういったものに人より敏感でトラウマのある私には神のお声ともいえるものだった。ふたつ返事で返してから赤葦くんが部活の間は図書室で勉強をしていたのだ。

女の子だったら ううん、女の子じゃなくったって不審者は怖いものだと思う。私の中に植え付けられている嫌な記憶がじくじくと心を抉る。思い出したくないのに、折角赤葦くんが一緒に行ってくれているのに。そう思えば思うほど泣きそうになる。まだ靴を履きかえてもいないのに、なにをしているんだ私は。

「…みょうじさん」

はい、と返事をする前に片手が不自由になり温かな体温が冷えた私の指先をじんわりと温めていく。なにがなんだかわからずに赤葦くんを凝視すれば彼は頬を緩めて「すごい顔」とだけ。学校を出てまだ数歩しか歩いていないのに、今にも帰りたい気持ちでいっぱいになってしまった。繋がれた指先の先に赤葦くんがいるという事実がどうにも信じられなくて、抉られていたはずの心が少しずつ元の形を取り戻していく。このまま塾になんてつかなくて良い、なんて馬鹿なことを。

私は、赤葦京治という人間が好きだった。それは仲の良い友達に抱く感情でも、家族に抱く感情でもないもの。つまるところ名前を付けるならば恋が正解なのだろうけれど。

「もう寒いね 暗くなるのもはやい」
「そ、うだね」
「……みょうじさんがよければ、これからも塾いっしょに行く?」

赤葦くんからしてみれば低い位置にあるであろう私の顔を覗き込んで彼は悪戯に微笑んだ。あ、これはぜんぶわかっている顔だ と私は直感で気づいてしまったのにもかかわらずすぐに首を縦に振っていた。梟谷学園強豪バレー部で、二年生にして副主将で正セッターだと噂の赤葦くんは、なんというか、さすがだ。彼がこんなにずるい人間だということも、私がこんなにずるい人間だということも、知らなかった。

もうほとんど黒に飲み込まれているオレンジが忘れないでと泣き叫んでいるようで空を見上げる。他に言葉が見つからないほど、うつくしかった。

「意外とわかりやすいよね みょうじさん」
「そうかなあ…」

あと数十歩先の街灯を右に曲がってしまえば、塾が見えてしまう。そうなる前に私は、きっと赤葦くんに言わなければいけないことがある。

「あかあしくん、」
「なあに なまえ」

名前を呼んで微笑んだ彼を見て、ああなんてずるくてうつくしい人なのか、と。




pansy宅homareさんとおはなし交換 赤葦くんと塾に行く

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