難しいことはよくわからない。男とか女とか、ヒプノシスマイクとか政権とか、ヤクザとか一般人とか。ただこの人のことが好き。むしろ、それだけしかわからない。

「さまとき、だっこ」
「赤ちゃんかテメェは」

 そう言いつつも危なくないようにタバコの火をすぐに消してくれるし、やれやれといった表情で抱き上げてくれることを知っていた。ソファに沈んでスマホをいじること約二時間。暇の限界を迎えてなにやら仕事をしている左馬刻に向かってついつい甘えてしまう。上体を起こされたかと思えばそのままずるずると引きずられて、左馬刻が作業していた机の前に来た。後ろからすっぽり私を包み込むような体制で左馬刻が仕事を再開する。香水のいいにおい。

「これなに?」
「ア? 見てわかんだろ、面倒クセェ書類だよ」
「だすやつ?」
「そ、出すやつ」

 印鑑を押すくらいなら私にもできる! と背筋を伸ばせば伝わったのか、左馬刻が引き出しを空けて取り出したのは可愛いスタンプだった。ねこちゃんのイラストと一緒によくできましたと書かれたそれは、幼稚園児とか小学生のノートに先生が押してくれそうなやつで、喜ぶ。だってこれ、絶対私用なんだもん。

「こっちの紙に押しとけ」
「これはなに?」
「組の奴等に渡るモン」
「よくできましたでいいの?」
「見ましたにすっか」

 左馬刻の大きな手からじゃらじゃらと溢れる可愛くて小さいスタンプ達にふたりで笑う。見ましたよりOKの方がいいかなあとか、やったねでもいいねとか、そんなことをぽつぽつ話しながら試し押しするみたいに色んなスタンプを押していく。あ、再提出の人ができちゃった。よくできましたも隣に押しておこうっと。

「なんか、ちょっと騒がしいね」
「うるせえっつってきていいぞ」
「うるさくはない!」
「そうかよ」

 事務所の中でもこの部屋は結構奥にあって、左馬刻の許可がないと他には誰も入れないようになっている。ここまで聞こえてくるということは何かトラブルがあったのだろう。スタンプを押し終わった紙の束を持って立ち上がる。まだあんまり舎弟の人たちの顔と名前が一致しないから、これを返すついでに覚えてしまおう。左馬刻がなんにも言わなかったので、私もなんにも言わずに部屋を出た。

「あっ、こんちわっす!」
「こんにちは。いそがしー? さまとき呼ぶ?」
「いやっ、い、いいんすか」

 左馬刻は優しいから私がいるときはできるだけ私を優先してくれる。それをわかっていてか、左馬刻に怒られてるのかは知らないが舎弟の人たちは結構気を遣ってくれるのだ。

「終わったらみんなにこの紙配るからそれ一緒にしてくれたらいいよ」

 返事を聞く前に部屋に戻る。左馬刻は既に立ち上がっていて、どうやらこうなることをわかっていたみたい。頭をくしゃくしゃと撫でられる。

「ちょっと待ってろ」
「うん!」

 ヤクザの仕事のことはよくわからないし、教えてもくれないけれど、別に知りたいとも思わない。左馬刻が傍に置いてくれるなら、結局、なんでもいい。

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