おもちゃ箱の蓋を開けてみれば教材道具しか入っていませんでした、なんてことはこの世界にはざらにあって、それの全てに誰かの思惑が纏わりついている。指の先まで可愛いが詰め込まれた僕の体は誰の思惑が纏わりついているのだろう。僕が可愛いを味方につけることは予想外だったのか実に嫌そうな顔をされたのを、ずっと忘れないでおぼえてしまっている。何一つ思い通りにいかない人生なんて嫌だと言って抜け出した箱庭で、彼女達は僕を嘲笑っては口を揃えて「何が人生だ」と言った。

心臓が動いている。脳が思考を重ねることができる。命がある、感情がある。言葉を話すことができて、誰かに思いを伝えることもできる。友人の顔も恋人の顔もはっきりおぼえている。これを人間と呼ばずとして、一体何を人間と呼ぶの?

「大切なものは目に見えないって言うけど、じゃあとうしてそれが大切だってわかるの?」

窓際の花に水をやっている最中の彼女に質問すれば、きちんと手を止めてこらへ向き直してくれる。別に水やりが終わってからでも良いのに、というか別に水をやらなくても良いのに。花はどうせいつか枯れるし、綺麗な時間はほんの一瞬だし、朽ちていくのを見るのはまるで自分を見ているようで嫌になるし。女の子たちにもらった花を飽きずに飾っては丹念に育てる彼女の気持ちがわからない。僕の言うことを聞かなかったことなんて一度もなかったくせに、これだけは捨てろと言っても聞かない。

「心でみなければ物事はよくみえないってこと、だったよね」
「うん。僕には全然ワカンナイ。手に入るものだけが全てでしょ、違うの?」
「むずかしいこと言うね」

如雨露を置いてうんうんと唸りながらこちらへ近づいてきた彼女は僕の向かい側の定位置に座って、視線を右上らへんに泳がせながら何を言おうか思案している。大切なもの、僕にだって沢山ある。例えばデザインした服、それを作り出したアイディア。FlingPosse。あと君。ぱっと思いつくだけでもこんなにある。

「乱数くんは、私の心は要らないの?」
「…………心臓ってこと?」
「違うよ。こころ。私のすべて、目にみえないところ、乱数くんには話していないかもしれない胸の内、感情。頭のてっぺんから爪先まで、わたしというぜんぶ」
「欲しい」
「うん。じゃあ、そういうことじゃないかな」

机に投げ出していた僕の両手を優しく握る手の平は、僕より少しだけ大きい。確かめるみたいに爪を撫でて、彼女がへにゃりと笑いかける。

「愛してるってこういうことを言うんだと、わたしは信じてるんだ」

恥ずかしそうに消えいった語尾とは裏腹に、彼女の表情は凛と逞しい。僕の女の子みたいな手を握って、彼女はいま、たったひとり、僕だけに愛を囁いている。

「地獄に一緒に落ちてくれる? って聞いたのは乱数くんでしょう」
「そう、だけど」
「はいって返事をしたあの日から、ずっと、私は乱数くんから離れていくことなんてないよ。行き先がどこでも、あなたが何であっても」

手の甲にぽたりと落ちた水に、彼女は見ないふりをしてくれている。ああ、たしかに、大切なものは目に見えない。

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