もぞもぞとちょうどいい場所を探すベッドはだだっ広くて落ち着かない。お気に入りだという香水のにおいが微かに香る部屋で、一人彼を待つ夜も待たない夜にも慣れっこだ。今日は仕事で遅くなるとか、飲み会があるとか、ラップバトルの練習だとか、チームの子達のお守りだとか、バイクを走らせたいだとか、理由は様々だったけれど、兎に角彼は帰ってくるのが結構遅い。かと思えばぱったり全てをやめて、定時に帰宅してはお酒を飲んでまったりする日が続いたりもする。存外気まぐれで、自由に人生を謳歌しているところが好きなのでそれに対してなんの文句もない。私も自分の時間が欲しいタイプだから、合っていると思う。思うけれど、たまに、たまあにこうやって、寂しい夜ができてしまうのは、仕方のないことだと思うのです。

 結局どうにも寝付けそうになくてベッドを出た。時刻は0時をちょっと過ぎたところで、この時間まで起きて待っていたと言えば怒られそうだ。ちょろちょろと家の中を歩き回っては都合の良い言い訳を探す。お酒を飲んでいたら時間が過ぎていたことにするか、スマホのゲームに夢中になっていたことにするか、持ち帰った仕事を片付けていたらエンジンがかかってしまったことにするか、どれも捨てがたい。優柔不断な私にいつも決断をくれるから、それに甘えてしまって更に悪化している気がする。

「あ、やば」
「…………あ?」

 考え事をしていたら物音を聞き逃していたらしい。気づいたときにはがちゃりと開くドア。ただいまの一言も言わないで、ちょっと低い掠れた声がする。眉間に皺を寄せた獄が、パジャマ姿で間抜けにうろついている私を一瞥して、そっと溜息をついた。

「お、お、おかえり」
「おう。起きてたのかよ」
「あー、うん、あのー……うん、起きてましたね、はい」
「煮えきらねえな」

 だってどの言い訳にするかまだ決めていなかったんだもん。とは言えずに、口は災いの元と前に獄が言っていたのを思い出して口を噤んでおいた。自然と腕が彼のジャケットを受け取ってかける。この行為に言葉も疑問もいらないくらい、私達は染み付いた関係だった。

「もう寝る?」
「シャワー浴びてからだな」
「……待っててもいい?」
「あ? お前、俺のこと待ってて起きてたんじゃねぇだろうな」
「違います、違います。たまたま寝ていなかっただけです」
「…………勝手にしろ」

 これは獄語でいう「いいよ」なので胸の中でガッツポーズをして彼を風呂場まで見送る。サッと上がってくることだろうし飲み物でも用意しておこうとマグカップを二つ取り出した。眠る前にコーヒーは飲まないか、と最近ハマっているらしい炭酸水メーカーに水を入れる。自分のは甘いのにしようと牛乳をマグカップに入れて電子レンジでチン。はちみついれちゃお〜っと。あれ、獄パジャマ持っていってたっけ? 私が持ってくると思っているような気がしたので一度寝室まで戻り着替えを持って脱衣所へ。案の定用意されていない着替えに、にたにたと口角が上がる。獄ってば、私がいなくちゃ生きられないんだから、なんて本人に言えばこっぴどく叱られてしまいそうだけれど。



「歯磨けよ」
「わかってるよう」

 空になったマグカップを洗っていればニュース番組を見ながらそうつつかれてぶうぶうと返事を垂れる。ちゃちゃっと磨いて一緒に眠ろうと急いで歯を磨き、いつの間にか電気が消えているリビングをひょいと跨いで寝室へ。ふたりで眠っても広いベッドの半分よりちょっとだけ私側にはみだして待っていてくれる優しさが嬉しくて飛び込むように潜り込めば「うお」なんて声がして笑ってしまった。
 獄が抱きしめてくれれば、どんな場所でもそこが私にちょうどいい場所になる。数時間前まで同じ場所で抱えていた寂しさはもうどこにもなくって、いまはただ、この空間に自分が許されていることが酷く嬉しい。ぐりぐりと胸元に頭を押し付ければ、溜息と一緒に固い指が柔く頭を撫でてくれる。獄の体温、獄の匂い、獄の鼓動。全部全部、私のちょうどいいだ。

「…………遅くなるって連絡してんだから、待ってんなよ」
「まっ、てないよ」
「早く寝ないとブスになるぞ」
「デリカシー無し男?」
「あぁ?」
「ちょうイケメン」
「はー……ったく、いい加減にしろよ。さっさと寝ろ」

 口ではそう言いつつも私に触れる手はシャボン玉に触るみたいに優しくて、撫でている手からは愛情が注がれている。獄の方が私のこと好きだよね、なんてこれも言ったら怒るだろうから内緒にしておいてあげようかな。

戻る
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -