「みょうじさん、はじめまして。突然で悪いんだがこの男が今どこにいるか知らないか?」

チャイムが鳴ってインターホンを確認すると知らない男の人が立っていた。セールスか何かだと思って居留守をしようとしたところ、フルネームを呼ばれて体が固まる。次いで、愛しい人の名前を呼ぶもんだから玄関のドアを開けてしまった。
この男、と言って見せびらかされたのは一枚の写真。ホールの生クリームケーキに乗っている赤い主役を口に運ぼうとしている瞬間を切り取ったそれは、間違いなく私が撮ったもので困惑する。現像する時に出した枚数は二枚。そのうち一枚は私の手帳の中に、大事に大事に挟まっている。

「いやあ、連絡がつかなくってね。もしかしたらここにいるかもって思ったんだけど、いるかい?」
「いません」

多分この人、ボスだ。彼がたまにこぼすボーダーの話の中に良く出てくる人。私の拒絶を聞いてカラカラと笑って、名刺が差し出される。何か分かったら連絡してください、なんて胡散臭い言葉を残して去っていく。あまりの呆気なさに実の所本気で探してなどいないんだと悟り、鍵を閉めてチェーンをかけて、愛しい人の眠る場所へ戻る。

「だれだった?」
「たぶんボス」
「ボスかあ」

くしゃくしゃの寝癖とガラガラの声。ゴムが伸びきったスウェットに心地良さそうに身を埋めて、未だ布団の中にくるまっている悠一の隣へ帰る。詰めて、と言わなくても半分こしてくれる優しさに一緒になって沈んでいき、微睡みの中で息をした。

悠一はボーダー、ひいてはこの国の未来に欠かせない、超重要人物らしい。十九歳の少年が国の未来を左右しているなんて大統領が聞いたらどう思うんだろう。私は彼の暗躍を知らないから、らしい、としか言えない。もちろん大統領に報告もできない。

「なに、ソレ」
「名刺。もらったの。何か分かったら連絡してくださいって」
「なまえは何も分からないよ」
「うん」

わかりたくもないよ、の言葉は悠一の体内に吸い込まれてしまった。かさついた唇から血色の悪い舌が覗いてちろりと舐められる。どうぞ、という意味を込めて少しだけ隙間をあければ、ありがとうとでも言いたげに優しく舌が割り込んできた。熱を求めるのは彼の習性みたいなもので、何かと肉体的繋がりを欲したがる。拒む理由も止める理由もひとつもないから、余すことなく全部を受け入れている。静かな部屋に響く水音は彼の綺麗な顔には似合わなくて、いつも、似合わないなあって、思う。

ボーダーってよくわからない。子供を平然と戦闘兵器みたいに扱っておいて、ちょっと拗ねれば大袈裟に心配したフリをする。ご機嫌取りはしないくせに、把握はしたがって、その実何も求めていない。利害の一致だと割り切れるほど理由が少なくなくて、泣きそうな顔した子供ひとり救えないまま、一体何と戦おうって言うの。悠一に裏切られるなんて一ミリも思っていない態度に腹が立つけれど、私には分からない思惑がたくさん渦巻いた組織内で、私は驚くほど無力で、部外者だ。

「未来が見えない俺に価値ってあるのかな」

キスの合間に落ちた言葉を隠すみたいにまたキスが降ってくる。乱雑なそれは悠一の心を映し出しているみたいでやるせない。

「悠一がつくる未来はいらないよ」
「どういう意味?」
「一緒にいてくれたらそれだけでいい」
「俺との未来を望んでるってこと?」
「悠一との今を望んでるってこと」

なにそれ、って悠一が笑って、泣く。馬鹿だなって言って頭を撫でれば、拗ねて尖る唇。

「駆け引きとか、戦争とか、いのちとか、全部いらない。悠一がここにいるだけでいい。私はいなくならないし、悠一になら永遠をあげる」

念じるわけでも願うわけでもなく、それがただ、事実ってだけ。

「ずっと好きでいて」
「言われなくてもずっと好きよ」

わがままを言うならば、ふたりとも笑っていたらいいな。

「……支部に写真置いてきちゃった。取りに行かなきゃ」
「うん、行ってらっしゃい」

理由がないとこの部屋を出られない悠一のよわいところを食べてやる。そうすればよわくなるのは私だけだ。

「愛してるって言ってよ」
「愛してるよ、この世の何より、悠一自身を」

あなたのつくる未来へ、永遠を捧げる。

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