今日の晩ごはんはうどんにしよう。ネギをいっぱい入れよう。冷凍うどんってコスパ最強。卵も入れようかな、なんて考えながらスーパーの中をぐるぐる歩く。帰ったら洗濯しなきゃなあ、だとか、明日の会議行きたくないなあ、だとか。日常の取り留めないことをぽつりぽつりと思っていれば順調に埋まる買い物かご。レジに向かってお会計。キャッシュレスって便利だなぁ、とぼけっとしながら食材を詰め終わったエコバッグを持ち上げた時のこと。脳内を指すような、やけに体に響く声が聞こえる。

「売ってなかったわ。あ? ちゃんとスーパーまで行ったんだから感謝しろよ」

 スマホを気怠そうに耳にくっつけて、眉間にシワを寄せて話すツギハギだらけの男の人。自分が話しかけられているわけじゃないのに、ぐわんぐわんと頭が揺れて、彼の言葉を脳がなぞる。なにこれ、個性の不調? 思わずよろける足で、引っ張られるみたいに彼の方向へよろめいてしまう。

 そうして見えたそれに、今度こそ、ちゃんと、撃ち抜かれてしまう。

「宝石みたい……」
「ん?」
「えっ、あ!?」
「……おねーさん、ダイジョウブ?」

 漏れ出た言葉を塞ぐのに必死になってしまい、ぺしゃりと床に倒れ込む。あらら、とでも言いたげな表情を浮かべて、目の前の男が私を心配してくれている風を装っている。その目には心配のしの字も滲んでいなくて、じゅくじゅくと胸の辺りが疼いた。ピタリと固まってしまった私を数秒見つめた後、ゆっくりと、目線を合わせるように彼がしゃがむ。

「きれい」
「……物好きだな」
「宝石みたい」

 この人の前では本音しか言えなくなる個性をかけられているみたいに、するすると漏れ出ていく言葉は私の意思を無視して彼に届いていく。水色、緑、翡翠色? ぴったりくる語彙を持ち合わせていないことが酷く歯痒くて今までの人生を悔やむほどだ。きらきらはじける宝石みたいな瞳の中に、彼はいったい、何を映して生きるのだろう。
 目が見開かれていると、きれいな色が小さくなってしまって、もったいないなあ。

「晩飯うどんなの?」
「えっ、あ、はい」
「ふーん。腹減ったなあ」

 突然腕を引かれて起き上がり、その反動で彼との距離がぐっと近くなる。焼け焦げた匂いが鼻孔を掠めて、心臓が、ドクッ、と音を立てる。

「卵、二個入れてよ」
「へ」
「俺も手伝うから、晩飯、うどんがいい」

 小さな子供がいたずらを成功させた時のような笑みを浮かべて、名も知らぬ男が私の袖を引く。持っていたはずのエコバッグは彼の左腕にぶら下がっていて、気付けば私の家の前だ。

「あ、あの、大丈夫ですか」
「何が?」
「突然見知らぬ女のご飯を食べるなんて、その、」
「おねーさんこそ、突然見知らぬ男を家に上げて良かったの?」

 裸足がぺたぺたとフローリングを歩く音。まるでずっと前からここに住んでいたみたいに開けられる冷蔵庫。順当にしまわれていく食材は使うものだけが残されている。言動は荒っぽいのに動作の一つ一つは洗練された丁寧さがあって、きっと育ちが良いんだと思う。調理器具の場所がわからないのか、私の言葉を待っているのか、彼がこちらをじっと見つめていた。

「助けて頂いた、お礼、です」
「ふは、なにそれ。鶴?」
「鶴になれたら良かったのですが……」
「そしたらおねーさん、俺のために自分を搾り取らなきゃなんなくなるよ」
「既に正体がバレてしまっているので、それはそれでありかと」
「っふ、はは! おねーさん、おもしろいねェ」

 ちょいちょいと手招きされて彼の隣に立つ。ネギ切って、という言葉にこくんと頷いて、彼が見守る中これでもかというくらい丁寧にネギを切っていく。そうして全部切り終わったところで「俺はネギいらない」と言われて拍子抜けする。鍋に水を入れて、それが沸騰するまでの間、私たちはほんの少しだけ対話をした。

「おつかい、サボっちまったのおねーさんのせいね」
「えっ、ええと、何か私にできることがあれば」
「大したモンじゃねえからいい。つうかおねーさん言いなりすぎてシンパイになんね」
「……うん」

 息を吐くように嘘をつく彼に、何も言えなくて返事だけをする。視線が合えばたちまち、焦げるくらい熱くなる体。宝石みたいな彼の瞳の中には、きっと、きっと。

「太陽が宿ってる」
「ハ?」
「あっ、え、え、あ、ごめんなさい」
「いや、別に。……太陽って、ナニ?」
「あなたの目、すっごく綺麗だから」

 宝石の中にはきっと太陽が宿っている。そう言い切ったところでお湯が吹きこぼれそうになって慌てて火を弱くした。ぽかんとした様子で固まる彼に気まずさと気恥ずかしさに襲われ、振り切るようにうどんをお湯に入れる。跳ねた水滴が手首にかかって熱い。絶対火傷した。

「太陽になれたら良かったんかね」
「え?」
「なんでもねェ。つかそれ火傷だろ、冷やせば」
「あ、でも、これくらい……」
「ダメ」

 ジャーッと勢いよく水が出されて、腕を強制的に冷やされる。私が動かないように見張りながらほぐされていくうどん。気付けば卵が入れられていて、完成間近だ。

「おねーさん、やべぇヤツって言われたことない?」
「な、ないですね」
「マジか。じゃあ俺のせいでヤバくなってんだ?」
「そう、かも」
「悪くねぇな」

 それの対象は盛り付けられたうどんのことなのか、私なのか。

「また飯食わせて」
「い、いつでも」
「ン」

 まだ食べてもいないのに、どうしてそんなこと言うのだろう。

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