「ダイナマ結婚会見てまじか」

 職場の話題は朝からそれでもちきりだった。職場どころか、世間中がその話題で色めいているらしい。どのチャンネルを見ても同じ話題が流れているテレビはちょっとつまらなくて、ちょっと擽ったい。正直会見を開くなんて思いもしなかったのだけれど、応援してくれているファンのことを考えてしたほうが良いに決まっている、と返事がかえってきて驚いた。出会った頃よりずっと大人になった勝己くんの発言が嬉しいような、嬉しくないような、そんな曖昧な気持ちでいる。私としては、結婚なんて契約は彼の重荷になりかねないので別にしなくたってよかったのだけれど、勝己くんは、まあ、するったらするって性格だから、否定するような資格もないし、トントン拍子にことが進んだ。
 きっかけは勝己くんが私を助けてくれたことだった。あのときはまだプロヒーローじゃなく、仮免ヒーローだった彼がまるでなんでもない、みたいな顔で個性を暴走させた人から守ってくれた。私には目もくれず、あっという間に視界が明るくなって、光って、無事を確保される。一瞬で惹きつけられた、まばゆい光だった。

「嫁とは十年くらい前に俺が助けたのがきっかけで会った。俺の後ろで呆ける間抜け顔が妙に焼き付いて離れねえ女だった」

 ざわつく記者達。あのダイナマの記者会見だから一筋縄ではいかないだろうと覚悟してきていただろうに、あまりに普通に馴れ初めを話し始めるから逆に動揺している。まだ開始して数分しか経っていないのにSNSのトレンドを埋め尽くしていて、人気者でうれしいなあ、と他人事みたいに思う。お昼休みでもないのにオフィスフロア中の人が彼の会見を見守っていて、さすが勝己くんと言えばいいのか、仕事をしましょうと言えばいいのか。まあ、私もちょっと気になるからありがたいんだけれども。

「あんとき俺は仮免で、あいつは大学生だった。年取っても欲しいと思ったから彼女にして、結婚した、以上」

 スーツが似合わないなあ、とか、結婚指輪はまだ見慣れないなあ、とか。そんなことをぽつぽつ思いながら「欲しい」というダイレクトなワードに頬が熱くなる。家ではほとんどそういうことは言わないし、私も欲しがるタイプじゃないし。傍においてくれているだけで幸せ天元突破なのでこれ以上望むものもないし。

「結婚の決め手は何か教えてもらえますでしょうか」
「後にも先にもこいつしかいねえと思った。お互い物好きだ」
「奥様はどんな方ですか?」
「間抜けに笑うのが可愛い、良くできた女。遠慮すんのがムカつく」
「なぜ会見を開こうと思ったのですか」
「一番は、俺を応援してくれるやつらに真摯な態度でいたかったから。二番目に、嫁がいつまで経っても俺の女の自覚がねえから」

 なにこれ、まって、公開処刑? 悪びれもせず、恥ずかしがりもせず、当然みたいな顔で勝己くんから吐き出されていく言葉にどよめく報道陣と、血液が沸騰しそうなほど上がる体温。ダイナマ嫁のことガチラブじゃん、とギャルの後輩が呟いている。助けてくれ。

「披露宴の予定はありますか?」
「ある」
「えっ」

 あるの? という言葉が漏れて、ハッとして口を塞ぐがもう遅い。周りの視線を集めてしまっていて、慌てて取り繕う。ファンなんですか? と聞かれて、嘘じゃないので肯定しておいた。勝己くん、披露宴とかやりたいタイプなんだ、知らなかった。

「あーいうのはやりたいだろ、女は」
「奥様思いなんですね、素敵です。お子さんの予定はありますか?」
「今すぐにはねえ」
「何人ほしいですか?」
「あ? あー……、二人以上」

 いやいやいや、いや。知らない情報がわんさかでてきて思考が追いついていかない。ちょっと喋って終わりって言ってたじゃん。結婚の報告するだけって言ってたじゃん!

「奥様は今ご自宅に?」
「いや、仕事。フツーの女なんで、あんま詮索すんな」
「改めてお伝えしたいことはありますか?」
「……ハッ、間抜け顔が想像つく。晩飯は肉にしろ。俺の女って自覚したかよ」
「最後にファンの皆様に向けてなにか一言お願いします」
「俺は今までと何も変わらねえ。だからこれからも、頼む」

 ありがとうございました! と司会の人の朗らかな声と、止まない報道陣からの質問や祝福の言葉を背に勝己くんが捌けていく。なんだったんだ、いまの。と呆けている顔はしっかり彼の言う間抜け顔なんだろう。「俺の女って自覚したかよ」って言葉が全身にまとわりついて離れない。身も心も勝己くんのものなんて、出会ったときからずっとそうなのに。自覚だってちゃんとあるのに、あんなの、ずるい。まるで、まるで――。

「ダイナマめっっっちゃ奥さんのことラブじゃないっすか。自覚したかよって、今奥さん絶対発狂ものですよ。あ〜いいなあ! うちもダイナマに大事にされてみてえ〜」
「大事に」
「え、てか先輩顔真っ赤っすよ、やばくないですか?」

 きゃあきゃあと黄色い声がフロアのどこかしこからわいている。私だけが身を震わせて耐え忍んでいる。

「お、てあらい行ってきます」

 瞬間、けたたましい音をたてて私の携帯電話が鳴る。着信、爆豪勝己の文字にこれでもかってくらい目がかっぴらいた。急いで握りしめてトイレまで全力疾走し、上がる息を整える間もなく着信を取った。

「見てたかよ」
「み、みっ……!」
「これでわかったかよ。遅え。……もう逃げらんねえなあ?」

 絶対今、悪い顔をしている。上機嫌そうな声色が画面越しに聞こえてきて、情けない唇が息をこぼすだけ。カラカラと笑った勝己くんが、満足そうにしている。

「俺はずっと、お前のことが欲しいだけ」

 ああ、眩しい。テレビの中のきみも、目の前のきみも、ずっと遠くを走るきみも。心の底から愛しくて、支えたいと思った日からずっと、わたしの負け。


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