愛しい彼女が俺のバレーボールを観に来ない。目下、もっぱらの悩みだった。

「なんで観に来んねん……」

 メッセージアプリの通知を見てロッカールームで思わず声が漏れる。次の試合はホームゲームやからチケット取っておいたで、の答えがごめんね、行けません。なんて、なんちゅうことやねん。昔は俺の試合を嬉々として観に来てくれとったんに、スタメンになったくらいから全然、それはもうぜんっぜん、観に来てくれんくなった。普通活躍する俺のこと観たいとか思わへんのか? 遠征先やないやん。家から体育館まで三十分もかからへんやん。家で配信は観ているって言うけど、いや、別にじゃあ生で観たらええやん。本物のほうが絶対かっこええやん……。

 どけろ、という視線を臣くんから感じて泣き真似をした。がっくし項垂れて道を塞いでいたのは俺なので文句を言いつつも邪魔にならない場所へ移動する。汗が冷えないように着替えつつ、彼女になんて返事をしようか悩んだ。
 彼女と上手くいっていないわけじゃない。むしろ、めちゃくちゃ上手くいっとる方やと思う。俺はなまえのことが好きやし、なまえも俺のことが好き。仕事があるのに毎日弁当つくってくれたり、夜更かしが苦手なのに練習や飲み会で遅くなった俺を待ってくれようとするし、朝は絶対俺と一緒に起きてロードワーク見送ってくれるし、連絡だってまめに取るし、苦手だと言っていた掃除も一生懸命やってくれるし、俺のために栄養士の資格取るって勉強してくれとるし、甘えたやし、俺も甘えるし。全然、全く問題ないやん。むっちゃ幸せそうな恋人同士やん。やのになんで、俺のバレーを観てくれへんのや。俺の、一番はこれなのに。

「ツムツムなに落ち込んでんの〜?」
「ぼっくん、聞いてくれや……! 俺の彼女が試合観に来ぉへんねん。チケット用意しとんのに……遠いわけやないのに……」
「あー! なんかそれずっと言ってるよな! ファン感は来てたのに!」
「そやねん!! もう二年くらい来てくれへん! ひどない!?」
「二年はやべー!! なんで?」
「聞いても教えてくれん……」

 そう。聞いても教えてくれないのである。なんで観に来ぉへんの。お家から応援しているね。これの繰り返しや。家じゃなくて観客席から応援してほしいんに。終わったら一番に、いや一番は無理やけれどでも一番に、お疲れ様って言ってほしいやん。やって愛しい愛しい子やぞ。俺の格好良いとこもっと観て、俺のこともっと好きになればええやん。

「お前のことだから無理やり引き摺って連れて来そうなのにな」
「臣くん俺のことなんやと思っとんの!? かわいいかわいい彼女の嫌がることはしたないやん」
「侑さんの彼女さんってどんな方なんですか?」
「ツムツムの彼女って感じしない、おとなしそーな子!」
「以外ですね!」

 俺を置いて盛り上がる会話に突っ込む気力すらも失われていって、結局、わかった。今から帰るで。とだけ返信をした。なまえは大人しいとか控えめというよりも遠慮をしている、という言葉がよく似合うと思う。事バレーボールにおいては、顕著に現れている。俺はバレーが大事やし、そうしてくれることは嬉しいんやけど、でもそれとこれとは別物やん。バレー以外のことでは言い合いだってするし、大人し〜って感じじゃない。でも、こればっかりは、彼女にとっての別物らしい。

「ちょおもっぺん話してみるわ。やっぱいっちゃんかっこええ俺んこと観てほしい」
「自信家……」
「ツムツムいけーっ!」
「頑張ってください!!」

 今日も自由なチームメイト達に別れを告げて帰りの電車に乗る。今日のご飯は生姜焼きだよ、というメッセージに心が踊った。俺がなまえに抱えている悩みは、本当にこれだけだ。



「ただいまあ」
「侑くん! おかえりなさい」

 あー可愛い。抱きしめたい。廊下の奥からぱたぱたと駆け寄ってくる彼女へ愛しい気持ちが注がれていく。俺があげたエプロンをつけて、いい匂いと一緒に出迎えてくれるなんて、ほんまに、幸せ者やと思う。思うけど。

「なあなまえ、ちょっと話したいことあんねんけど」
「うん? なあに? ご飯より前に話す?」
「冷めてまう?」
「まだ焼いてないから大丈夫だよ」

 サラダにラップだけしてくるね、とキッチンへ戻っていたなまえの後ろ姿を見送って、手洗いうがいを済ませてついでに部屋着に着替えた。ソファに沈んで彼女の到着を待っている間、テレビに映っている自分が目に入ってびっくりした。これ、先週の試合や。観てたんかな。俺の試合観るのは好きなんに、なんで足を運んでくれんのやろ。さっぱりわからん。

「お待たせ、なあに?」
「なあ、これ観てたん?」
「あ、ごめんね。テレビ観たかった?」
「いや、観てたんか聞いとる」

 自分の想像よりずっと低い声が出て、彼女の肩がびくっと震える。やってもうた、と思いつつも訂正する気もないのでそのままじっと見つめておいた。

「うん。観てたよ。侑くん、かっこいい」
「おん……。ありがと」
「……?」
「来週、どうしても観に来ぉへんの」

 ぱちぱち。彼女の大きく丸い瞳が可愛く瞬いている。びっくりしている顔も愛しい。愛しいけれど、ここまで来たら譲れそうにない。

「ごめんね。お家から応援してる」
「もうずっと家からやん。……なんで観に来てくれへんの?」

 今日こそははぐらかされてたまるかと、彼女に体ごとしっかり向き合って指先に触れた。人差し指同士をひっかけて、もう片方の手は指を絡めて握り込む。俺のこの手がボールをセットするところ、なんで観てくれへんの。

「えっと、お家からちゃんと応援してるよ? リアタイしなかったことないし、ユニフォームも着てるよ」
「そないなことが聞きたいんやない。なんで来たないか教えてや」
「行きたくないわけじゃないよ」
「じゃあなんで?」

 視線が左右に泳いで、再度かち合う。俺の顔を見て観念したように眉を下げ、言葉を探しているなまえをじっと待つ。行きたくないわけじゃないなら、来たらええやん。

「……怒らない?」
「おこ、られるようなこと言うんか」
「わかんないから聞いてる」
「…………怒らん努力はする」

 ふ、と彼女の薄い唇が緩んで目を奪われる。綺麗だと、思う。俺ばっかりがこいつに惚れ込んでいるみたいで、少し口惜しい。

「侑くんが、絶対にそういうことしないってわかってるんだけど」
「うん?」
「絶対にしないけど、私の存在が侑くんのバレーボールの邪魔になったら嫌だなって思って。少しでも心を乱す要因になったら嫌だから、行かない」
「……どういうこと?」
「私は侑くんみたいに何かにすっごく打ち込んでるわけじゃないから、その……、仕事中とかも普通に侑くんのこと考えちゃったり、するの。侑くんはもちろんそんなことしないけど、あなたのバレーボールを乱す要因は少しでも少ないほうがいいし、きっかけにすらなりたくない。芽が出る前に、種を潰すの。そうすることが一番安全だから」

 目を伏せて、俺の返事を待っている彼女は強かさを含んでいた。俺の来てほしいという言葉に今まで一度も靡かなかったくらいだ、相当の覚悟があるのだろう。

「しないって、わかっとるやん」
「うん。でももし何かあったら嫌だから。わがままでごめんなさい」
「いや、わがままっちゅうか……」
「侑くん、私のことすごく好きでいてくれるから、だから思うの。私も侑くんが好き。でも、侑くんの一番はバレーボールだから。それが嫌なんじゃなくて、そうあってほしいから、行けない。絶対にしないけど、可能性がゼロってわけじゃないし、そう思えるくらい侑くんが愛してくれてるから」

 だから、ごめんね。と彼女の声が続く。公私混合をするような自分ではない。プロの選手で、これで食っていっているし、俺にはこれがないと生きられないし、何よりも優先順位の高い一番のもの。それらを全て理解した上で、それでも、と思ってしまうのは、俺のせいだ。

「……俺のせいやん」
「あはは、そうかも」
「っちゅうかなまえ、自覚あったん」
「自覚?」
「俺がなまえのこと愛しいと思っとる自覚」
「うん、あるよ。だからこれからもずっと、侑くんのこと支えさせてほしいって思ってる。欲張りでわがままってわかってるけど、それでもそうしたい。侑くんが侑くんである理由を支えられるなんて、これ以上の幸せはないもん。愛してくれてありがとう」

 お腹空いたでしょ、用意するね。と言ってなまえがキッチンへ向かう。残された俺を支配するのは遅効性の熱で、じわりじわりと体温が上がっていく。情けない顔を見られたくなくて両手で顔を塞いだ。
 なんやねん。そんなん、そんなん――。

「俺のことむっちゃ好きやんけ!」
「わ、びっくりした。好きだよ、知らなかったの?」
「うわだっさ! 俺むっちゃださいやん!」
「そんなことないよ、かっこいいよ。私にとっての一番は侑くんだよ」
「なまえもうほんま勘弁して」

 ドタバタと彼女を追いかけて後ろからぎゅうと抱きしめる。IHで良かった、あんまし危なくない。

「終わったら迎えに来るとかは嫌なん」
「不用意な刺激になったら困るからだめ」
「じゃあ行ってらっしゃいのチューはええんか!?」
「……それで侑くんが頑張れるなら」
「っしゃ!」

  もっと好きになればいいなんて思っていた俺こそがわがままだったと思い知る。俺の一番格好良い、俺が俺たる理由を近くで観てくれないのはやっぱり少し寂しいけれど、それでも良いと思えるくらい、いま、こいつのことが愛おしい。

戻る
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -