艷やかな黒い髪を滴る汗が心臓に悪いことが科学的に証明されるのはいつなんだろうか。もうそろそろ誰かが研究対象にしていても良い気がする。サッカーの練習に付き合うという名目で待ち合わせをし、公園で延々リフティングをしている彼を見るのも習慣化してきた。早朝、または二十一時から二十三時までの間。高校生がひとりで外出してはいけない時間にしか会えない臆病な関係。
「一郎くんに、」
「え?」
「そろそろ一郎くんに謝らないといけないね」
「兄貴に? なんで?」
サッカーボールがころころと転がって、私の足元までやってくる。サンダルの爪先でちょん、とつついて彼の元へ緩く転がした。首元を引っ張って雑に汗を拭く二郎くんにタオルを差し出して、彼からゆっくり目を逸らす。眩しい。
「二郎くんのこと連れ出してるから」
「つれだしてるって……俺が会いたい、から、呼んでるんだろ」
「うーん、二郎くんはそう言ってくれるけど世間ではそうはいかないよね」
「セケンって、なんだよ。関係ないだろ」
「……そうね」
ずかずかと足音を立てて近づいてきた二郎くんが隣にどっかりと腰掛ける。公園の安っぽいベンチがギシギシないた。彼が愛用している青いボトルに入ったスポーツドリンクをごくごくと飲んで、息を吐いて、それから。私より幼い彼の、私より大きな手の平が、私の手の甲に重ねられる。あつい。
「俺達の問題だろ!」
本当にそうだったら。
「うん、そうだね」
私達ふたりだけの問題だったら良かったのに。
「ごめんね」
ごめんね、二郎くん。
「謝ることじゃねえだろ……。つか、俺も悪ぃ。でかい声だして」
「ううん。私がいけなかった。……そろそろ帰ろっか?」
「……ん」
するりと手が逆側に滑り込んで、指が絡まる。隙間を埋めるようにぴったりぴったりくっついて、二郎くんの汗で少し湿る。早朝の公園にはほとんど人がいなく、時折犬の散歩で通りかかる人に二郎くんが大きな声で挨拶をしている。挨拶がきちんとできて、人の目を見て話せて、素直で、優しくて、まぶしい。すてきなひと。私には本当にもったいないし、二郎くんには二郎くんの人生がある。私よりもずっとまぶしい、きみの人生の、だいじなだいじな一ページ。
「俺が」
「うん?」
「俺が好きなのに、俺が、好きなだけなのに」
「じろうくん」
「なんでダメなのかわかんねぇよ……」
キュッと握られる指先。きっと歯を食いしばっている。あなたがどうして駄目かわかるようになった頃、私はあなたの隣にいないかもしれないね。
「ありがとう」
好きよ、本当は、だいすきよ。
「また明日も会いたい」
「……うん。一郎くんに聞いてみてね」
ぐっと言葉を飲み込んだ二郎くんを見て、胸がそっと切なくなる。まぶしいきみのお願いを、大人なせいで聞いてあげられなくて、ごめんね。
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