許さないでって言うのは許されたら消えちゃうから。怒りの気持ちがそんなに持続しないのは知っているけど許すよりは許さないほうがあなたの中に残っていられるような気がしたの。きっとそう言う私をわかって、わかった、って言ったんでしょう。わかっているよ、私の気持ちをわかってくれないことくらい。

「案外少ないね」
「うん、そうね」
「送っていこうか」
「いいよ。そんなに遠くないから」

 そっか、と落とされた言葉を掬うつもりもない。靴下でぺたぺた踏んで、消えちゃえって願って。揃いの物は捨てた。お気に入りのホームベーカリーは置いていくことにした。金魚の世話は悠一がしてくれるらしい。私と一緒にいるときは、ろくに餌を与えている姿を見たことがない。けれど彼がやると言ったのだから、きちんと育ててくれるのだろう。いのちを軽視するような人ではない。
 ボストンバッグひとつぶん。二年も一緒に暮らしたはずなのに、私物はたったそれだけだった。ふたりで借りた家に、ふたりじゃなくなっても住むと言ったのは驚いた。悠一には家のような場所がたくさんあって、ここにはほとんど帰ってきていなかったから。私がひとりで暮らしていたようなものなのに、たった、これだけ。

「……やっぱり送るよ」
「いい、いい。何かあったら嫌だから」
「なにかってなに」
「間違いだよ」
「おれたちって間違ってたの?」

 失言だったと気づいたのは悠一の声を聞いてからだった。間違っていたかどうかなんてわからない。でもここで別れることになったのだから、正解ではないのだと、おもう。

「わかんない。離して」
「離さないよ、わかるでしょ」
「わたしたち、もう、こいびとじゃないよ」
「じゃあ他人なわけ? 昨日まで恋人だったのに?」
「……昨日まで恋人だと思ってたのは悠一だけだよ」

 とっくに、とっくに、あんたの中で終わっていたんだと思っていたのに。いまさらなによ。いまさら、いまさら。

「許すもなにも、なにもないよ」
「私は許せないよ」
「あ。日焼け止め塗った?」
「…………塗ったよ」

 結局一緒に玄関を出ている。降り慣れた階段。見慣れた風景。近所の子供と仲良くなったのにな。車通りのない信号は赤で、ルールをきちんと守るこういうところが好きで。人差し指と人差し指が絡まっている。ボストンバッグひとつがやけに重く肩に食い込んで、きりきりと胃が痛む。
 正解がほしかったわけじゃない。でも、間違いたかったわけでもない。

「泣かないんだね」
「みたの?」
「みてないけど」
「泣いてほしいの?」
「好きな人が泣くところを好んで見たがる趣味はないよ」

 夜の空気がわたしたちを優しく包んでいてそれがきもちわるい。

「ばいばい、ゆういち、すきだったよ」

 なんであんたが泣くのよ。

戻る
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -