たった四つがなんだと、毎日思ってしまうのは私が子供だからなのだろうか。お弁当を食べたあとの眠たい午後の授業、特に世界史は高校生にとって拷問に近い。居眠りの欠片でも見せようものならたちまち大きな声で怒られてしまうので、手の甲を定期的に抓りつつ黒板の文字をノートに書き写す。隣の席の子は先生の話を無視して爪をぼうっと見つめているし、逆隣の席の子は窓の外で下級生が行っている体育の授業を盗み見している。この教室の中で先生の話を一生懸命聞いている人なんてきっと本当に一握りくらいのもので、みんなとりあえず怒られないようにしているだけだろう。それでも私が頑張らなくちゃと思うのは、他でもない好きな人が真面目な人だからだ。

「予習復習はしっかりするように」

 チャイムの音ともに授業が終わり、いつもの台詞を吐いて先生が教室を出る。一気に騒がしくなる空間の中、私だけはいそいそとスクールバッグに教科書を詰めこんでいた。ホームルームが終われば下校で、学校を出れば今日は彼に会える日だからだ。ポーチの中から鏡を取り出し、担任の先生に見つからないように前髪を整える。前の席の人が身長の高い人で良かった。ホームルームが終わった瞬間、友人達にだけまた明日ねの声をかけて教室を飛び出す。廊下を走ってしまったらいけないから、できる限りの速歩きで。スカートの丈を短くしたり、夏休みに内緒で髪を染めたりしない私にできる、ほんの少し、ささやかな反抗。

「かざまさん」
「早かったな」

 校門を跨いですぐのところで待っていてくれた風間さんに声をかけて、誰にも見つからないように急いで学校から離れようと歩きだす。こんなに格好良くて優しくて、素敵な人がみんなに知られてしまうのがこわいから。風間さんと私の関係性はなんとも、なんとも言えなくて。友人ではないし、知り合いといえば知り合いなのだが、知り合いは待ち合わせをしたあとに一緒に帰り道を歩かないだろうし、だからといって恋人でもない。それもこれも、私が十七歳で、風間さんが二十一歳なせいだ。

「今日はお仕事だいじょうぶなんですか」
「ああ、少し落ち着いたところだ。トリオン兵もしばらくでていないだろう」
「たしかに最近はあんまり見ませんね」
「良いことだ」

 さほど背丈が変わらないからか、クラスの男の子より近い距離感で風間さんと会話ができるのは嬉しい。手を繋いだりは決してできないが、それで良い。風間さんに会えるだけで、こんなにこんなにしあわせだ。隣に好きな人が歩いている。私の目を見て話してくれる。どんな学校行事にも、テストの満点だって勝つことはできない。

「商店街の方に新しいパン屋さんができて、おいしいって話題なんです」
「そうか」
「うさぎの形をしたかわいいパンがあるみたいで」

 私なりの、一緒に行きたいのアピールに風間さんが気づいているかどうかはわからないが、気づいていても一緒に行ってくれないことをわかっているのに言ってしまう。私と風間さんは恋人ではない。だからデートをしない。ふたりでどこかに出かけたことはなく、いつだって私の両親も一緒だ。未成年と成年の間は重く堅苦しい扉で閉ざされていて、風間さんがこっちに来てくれることはないし、私が向こうに行くこともできない。風間さんはやさしいから、扉の直ぐ側で私がノックするのを待ってくれている。私はというと、ノックするどころか、まだ扉が見えない場所にいる。階段の下、あと数回踊り場を超えなければならない。登りきった先に扉があるかどうかも、実のところはわからない。

「見た目と味の両立は難しいだろうな」
「でもおいしいってききました、すごいですよね。人気なわけだなあ」
「いつか行きたい場所リストに書き足しておいたらどうだ」
「えっ。なんですか、それ」
「あるだろう。ないか?」

 いつか行きたい場所リスト。確かにある。脳内にも、スマホのメモ帳にも、なんなら日記にだって書いてある。けれど風間さんがその存在を知っているわけない、のに。

「おまえのことだ。少し考えればわかる」
「か、かざまさ、」
「いつか見せてくれ。その時まではどこへも行ってやれないが」

 それは暗に、いつかがきたら、行ってくれると、そういう、そういう、ことでしょうか。

「…着いたぞ」

 去り際、彼の口角が少し上がっている気がして、放心状態で玄関の前に立ち尽くしてしまう。かざまさん。かざまさんにとってわたしは、わたしは。
 こんなの期待しちゃうじゃないですか。

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