眩い光の絶えない女の子の夢としあわせが詰まった空間で、彼はグラスに入っている綺麗な青に口をつけた。あまりお酒の飲めない私は同じ青に口をつけることがないまま、彼が青を取り込んでいく姿をじっと見つめる。いつ見ても、青も彼も、綺麗だった。その綺麗さはこの職業にとても相応しいものなのに、彼はそれが気に入らないらしく表情を歪めて視線をぶつけてくる。いつからこんなに不愛想になったんだっけなあと過去が懐かしく思えてくるくらいには私はこの一時だけしか続かない空間に足を運んでいた。

「飲まないのか」
「知ってるくせに。もう一杯頼むよ?」
「ああ」

私の青が全く減らないまま彼の青はすでになくなってしまいそうだ。いつもこうだ、と慣れた手順で同じものを頼み彼の傍による。今週はちょっと疲れちゃったとこぼして頭を肩に寄せれば素っ気なく「そうか」と返ってくるだけ。けれどそれがいちばん心地よいことを知っているから何も言わない。何も聞いてこない彼の優しさに溶かされてようやく青に口をつければ彼は困ったようにして、少しだけ口角をあげた。ような気がした。気がしただけなんだけれどそれすらも珍しくて私は思わず彼の頬に手を伸ばす。そうしてまた見つめあって、こらえきれなくなって私が小さく笑い始める。彼の表情はやわらかくなっていて、それがとてもうれしい。

初めてここに来たときは、それはそれは大層優しいひとだと思っていた。人生初のホストクラブは軽い気持ちで行ったは良いもののいざこの空間に足を踏み入れただけで酷く緊張してしまった。そんな私の緊張をゆっくりほどいて、それでいてその日のうちに私を虜にしていったのが透だった。 お相手は如何なさいますかと問われていちばんに目のついた彼を指名して良かったと今でも心から思う。永久指名をしてからどれくらいたったかわからないけれど、今となっては透以外考えられないほどだ。
初めはもちろん敬語で、物腰もやわらかくまるで人形のように綺麗な笑顔を向けてくるひとだった。なにもわからない私にいろいろなことを教えてくれて、初めての日は穏やかな時間を過ごした。二回目からは少しずつ慣れてきて私の仕事の話を聞いてもらったり、くだらない世間話をしたりとまるで仲の良い友達とおしゃべりをしているみたいだった。それも回数を重ねるにつれココロの距離も物理的な距離も近づいていきようやく他のお客さんがするようなスキンシップをとるようになったころ、彼に頼みごとをした。それから透は私の頼みを素直に聞き入れ、いまもそのままでいてくれている。
傍から見ればホストに溺れた馬鹿な女も良いところだが、私に後悔はまったくない。

「透、わたし今日はいっぱい飲んじゃおっかなあ」
「酔いつぶれても助けないからな」
「それは困るなあ はは、ね、とーる、」

前に一度、彼は源氏名で呼ばれるのがあまり好ましく思っていないと彼自身から聞いたことがある。じゃあどうして透という源氏名にしたのかと問えば、ここではそういう決まりなのだと言っていた。私にホストクラブのことはよくわからないが、ホストにとって源氏名は第二の名前、ってことくらいはわかっている。透という名前が本名かどうかは知らないが決まりとはいえ災難だと同情する。 それでも私は彼の名前を知らない。こんなに通って、こんなに砕けた仲になっても彼の名前を呼ぶことは許されない。だから私は嫌味もこめて彼のことをよく呼ぶ。その度に彼が少し眉を顰めるのを私は確かに知っている。

「このままいっしょに、いれたらなあ」

つい、だった。 普段は少し口をつけてあとは彼に飲んでもらうお酒を今日は飲み干したからか、仕事にうんざりしていたからか、はたまた彼のことが本気ですきになってしまったからかはわからないが私の口から漏れたのは確かに本音で、それが苦しい。馬鹿だ。そうとしかいいようがない。透は仕事で、甘い言葉も優しい態度も仕事だからで、素のまんまでいてくれるのも他でもない私が頼んだからで、彼にとってはビジネスライク以外のなにものでもないのに。
ああ、ねえ、そんな顔しないでよ透。期待しちゃうじゃない。まるであなたも私と同じ気持ちなのかなって、思っちゃうじゃないの、ねえ。

「なまえ、飲みすぎだ」
「………うん」

ごめん、と続けようとした唇は透の指によって塞がれる。ふに、と柔らかい感触と彼の優しさが痛いほどに響いて泣いてしまいそうだ。涙を流すまいと目を瞑っても透の切なげな表情が頭から離れることはなくてくるしい、くるしい、くるしい。あなたにすきだと伝えられないことがこんなにも、苦しい。


「またのご来店をお待ちしております」

私の青がすっかり温くなってしまったくらいに時間がたった頃 私を会計へと促して入り口できっちりとそう言う彼は、先程までの動揺した姿はどこにもなく、そこにいるのは紛れもなくホストとしての彼だった。ホストとしての笑顔の透の綺麗な顔を、いつか見なくなる日がくるのだろうか。


素敵な企画提出物です

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