乱数くんからは、いろんな匂いがする。香水、わたあめ、レモネード。土の匂いから、花の匂いまで。会う度にくるくる変わる身に纏った香りは、彼が私と会う直前まで違う誰かと濃い時間を過ごしていたことの表れだ。意味もなくそうしているのか、なにかのメッセージなのかはわからないが、少なくとも良い気はしない。

「らむだくん、今日はなにするの」
「ウーン、何しよっか」
「呼んでおいてこれだもん…」
「アハハ、なあに、イヤなの?」

 嫌じゃないよ、と喉から低い声が吐き出される。それはどうしたって本心で、嫌じゃない。嫌じゃないから、嫌なんじゃないか。乱数くんは知っている。私が乱数くんのことを好いていることを、知っている。

「新しくできたお花屋さんにカフェが隣接してて、そこのトーストがすっご〜くおいしいんだって!」
「…行く?」
「いかな〜い」

 にこにこにこにこ。乱数くんの笑みは崩れない。言っておいてなんなんだと思いつつも、私とおしゃれなカフェに行く気なんて毛頭ないことは既に理解していたので溜め息に留めておいた。乱数くんと私が会って、決まってすることはひとつだし、行く場所だって大抵ひとつだ。それなのに毎回「今日はなにするの」なんて聞いてしまう自分が恥ずかしい。それでも、それでも、わかっていても、やめられない。

「……たばこ?」
「!」
「乱数くん、煙草吸ったの」

 禁煙していると言われたことはないが、乱数くんが煙草をくわえているのを見たのはもう随分前のことだった。可愛らしいイメージを損なわないためなのか、健康を気遣ってなのかは知らないが、乱数くんは吸うのをやめたんだと思っていた。

 煙草の匂いが昔から嫌ではなかった。むしろその逆で、どうしてか安心感すらおぼえてしまう。私自身は吸ったことがない。

「ウン、よくわかったね〜。気をつけてたんだけどなっ」
「わかるよ」
 だっていつも気にしているから。
「タバコ、きらい?」
「え、ううん。好きなほうだよ」
「えーっ、吸わないよね? ね?」
「吸わないよ」

 よかったあ、と言って笑う乱数くんに喉元がキュッと締まった。私が煙草を吸おうが、吸わまいが、彼にはひとかけらの関係もない。それなのに至極当然とでも言わんばかりに「よかった」と吐き出すこの男に、私は、骨の髄まで溶かされてしまっている。

 いつからこういう関係になったのか思い出せないくらいには彼と不毛な関係を続けている。セックスフレンドと言えば聞こえが良いが、フレンドなんて気安いものではない。私の片思いだというのを否定するつもりはないが、片思いだとひとことで括られてしまうのは納得がいかない。そんなどうしようもない感情を乱数くんは知っていて、それでも関係性をやめようとしない辺り、少しは私に好意的だと思っても良いだろう。それくらいは許されたい。

「ボクの家でいい? お泊りセット持ってきた?」
「うん」
「じゃあ行こっか」

 乱数くんはみんなの人気者で、みんなの乱数ちゃんなのに、私と歩くときは必ず手を繋ぐし、ひと目の多い場所を選んでいる。SNSでは私が本命だなんて持て囃されているが、実際そうではないので複雑だ。そうだったら良いのになと何度思ったかわからない。

「ボクはさぁ、好きな子にはイジワルしたいタイプなんだよね」
「…? そっか」
「あとね、詰めは甘くない方だよ」
「そうだね」
「意味わかってる?」
「いや、わかんない」

 もう、なにそれ! とぷりぷり可愛く怒り出す乱数くんを見ながら言葉だけの謝罪をした。好きな女ができたという話だろうか。その女を落とすための布石に私が使われているという話だろうか。もしそうだったら最悪だ。最悪だが、彼のことを好きでいることをやめられそうにない。

「もうどこにもいけないね」
「…うん」

 意味はわからないが、その言葉は正しさしか持っていなくて同意の返事をする。乱数くんが私を何だと思っていても、私はもう、ずっと前からどこにだって行けやしない。

「……ボクもだよ」

 ああ、意味がわからない。

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