花弁を一枚ずつ毟り取っていくような趣味はないが、彼女を見ているとそうした後に何が起こるか見てみたいという欲求が湧くのだから不思議だ。スリッパに包まれた足の指すら踊らせる後ろ姿、背中に俺の視線が向いていることを察して緊張が走っている背筋。花を枯らさないように世話するのが上手い彼女は今日も愛しい目をそれらに向けてはせっせと水をやっている。

「増えたなあ」
「う、ん。ささらくんが沢山買ってくれるから……」

 急に話しかけられたことに一瞬驚き、言葉を捻り出した唇を見つめて喉が笑う。昔、母が育てていた花が好きだった。母がいなくなった途端に枯れてしまったのを見てからずっと花そのものに苦手意識を持つようになった。けれど彼女をこの家に招き入れてからは、また花が好きになった。貰っても枯らしてしまうだけだった胡蝶蘭も、今はうんと生き輝いている。窓際の花達が一斉に輝きを取り戻したのを見てから、目についた花やその苗を買って帰るようになった。今や窓際だけに飽き足らず、玄関から寝室まで、どこかしこに花が存在している。

 彼女から生花のようなやわらかい匂いがするわけではない。

「そや、今度どっか見に行こか。今は何が時期なんやろか……見に行きたい花とかないん?」
「ひまわ、り?」
「ひまわり」

 疑問符がついた単語を素っ頓狂に繰り返してしまった。ひまわり、ヒマワリ、向日葵。誰もが知っているようなポピュラーな花であるし、確かにあれが視界一面を覆う景色は綺麗だろうけれど、他でもない彼女から飛び出してくる花だとは思わず少し驚いた。意思が固まっていないまま言葉を吐くことだって、珍しい。
 暑さにも寒さにも弱い彼女を炎天下の元に晒すのは少々気が引けるが、願いを叶えてやりたいという気持ちもある。スケジュールの都合がつくかどうかだけが気がかりだ。

「ええやん、ひまわり。いつになるかわからへんけど行こ、な」
「ありがとう」
「うん」

 眉が下がり、口角がぎこちなく上がっていく様をまじまじと見つめる。水やりが終わったのか手を止めて、恥ずかしいとでも言いたげに瞬きが増えていく。花を慈しむ感情は生憎持ち合わせていないし、一人の女に系統する愛情も持ち合わせていない。それでも彼女を傍に置き続ける理由に名をつけるのを避けては、こうしてふたり、時を重ねる。

 いつか花のように枯れてしまう人生だとしても、俺は保存方法を探すつもりはない。これはきっと、彼女もそう。

「向日葵って家では育てたことないんやっけ」
「一昨年の夏に、あるよ」
「おぼえてへんなあ」

 四季折々で変わる家のあちこちを気にかけ始めたのはごく最近の話。彼女の瞳に映り込む花の色が、不覚にも、悍ましいほど美しく見えたから。

「次の夏は数増やして育ててみぃひん」
「ひまわりを?」
「そ」
「……うん、嬉しい」

 俺から与えられる言葉感情物事柄全てが彼女の生き血肉体精神となるこの家で、成程、だから彼女は花なのかと漸く理解する。

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