毎週木曜日、三限の講義終わり、駅前にて。鏡でメイクの崩れがないか確認しながら前髪を整えてそわそわと辺りを見回しそうになるのをぐっと堪える。あくまで自然に、偶然、ばったりを装って。新しくしたティントは発色が良すぎる気がして落ち着かない。早く来てほしいと、ずっと来なくて良いを、行ったり、来たり。
 背筋の良い彼を見つけるのはあまりに容易いことだった。それじゃなくても彼は目立つ。彼自身がというよりは、彼の周りがざわめくからだ。ボーダーのことは彼のお仕事から得られる情報でしか知らないが、三門に住んでいれば嵐山准という存在は自然と知っているものだろう。テレビで、雑誌で、広告で。至る所で彼の姿を見かける街で、彼は生きにくそうにするわけでも、鬱陶しそうにするわけでもなく、なんの気にもとめていないような毅然とした立ち振舞いをしている。きっと、彼は根っからの善人だ。

「准くん、こんにちは」
「ん、ああ!偶然だな、こんにちは」
「今からお仕事?」
「ああ。そっちは帰り道か?」
「うん」
「じゃあ途中まで一緒に行こう!」

 歩幅を合わせて、自然を装って。いつも通りに振る舞うのに必死な私と違った准くんは毎週色々な話をしてくれる。大体が家族のことだが、いつどんな話を聞いても彼の表情と声色が輝いていて楽しい。毎週木曜日、待ち合わせをできる関係性にないから、待ち伏せのような行為をしている。彼が私の思惑に気づいている様子がないのに安心しつつ、若干の申し訳無さも抱えている。高校の同級生だった准くんと違う大学に通い出した私は、こうすることでしか彼に会う手段を見つけられなかった。どうして会いたいかなんて決まっている。恋だ。
 准くんの隣を歩けるのはほんの数分間。この数分、彼と少しでも釣り合える存在であるために日々努力を重ねているつもりだ。服も、メイクも、体型維持も。話題づくりも、表情も、視線の動き方も。ぜんぶ、ぜんぶ、あなたの隣にいたいから。

「こうして大学生になっても話せるのは嬉しいことだな」
「…! 私も、そうおもう」
「はは、そうか!それは少し照れるな」

 自分の発言で私が照れるとは思わなかったのだろうか。惜しげもなく、屈託もなく吐き出される彼の言葉が好きだった。裏表のない素直な言葉。もちろん言葉以外にも好きなところは沢山あるのだが、彼の言葉が彼をつくっていると考えているので、彼の言葉が大好きだ。発言全てに大きな影響力と責任がつきまとう彼の、嘘偽りのないことば。今この瞬間に限り、私だけに向けられることば。あなたの綺麗を食べる私を、どうか許してください。

「あー…その、なんだ。今日はこれから何かするのか?」
「え、ううん…特別用事はないよ」
「そうか」

 不自然な会話に違和感が脳を覆う。准くんが言い淀むのは珍しいし、目を合わせて来ないのも珍しい。何かを考えているかのように真っ直ぐ先に向けられた視線に対し、私は俯いて歩いた。准くんが言い淀んだことは、私の希望的観測が的中していれば、いやでもそんなはずが。ぐるぐると回る都合の良い考え。聞かなきゃわからないのはわかっていて、我慢をできずに息を吸う。あなたが好きだ。あふれてしまいそう。

「准くん、は?」
「…任務は夜からだから、時間がある」
「もし、よかったら…」
「待ってくれ。…すまん、実はずっと前から気になっていた。これから食事をしないか? もっと知りたいんだ」
「ひっ。えっ」
「木曜日を楽しみにしていた。君に会えるから」

 驚いて固まってしまった私の左手を、准くんの右手が優しく握り込む。私の表情を確認してほっとしたように表情を緩め、断られるなんて一つも思っていないであろう曇りのない瞳が私に話しかける。もう逃げられない。

「…言いたいことがわかってしまっても、言わせてほしい」

 照れくさそうに薄く笑った君の思惑に、ただただハマっていくだけだ。

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