Clap



吐いた息が白くなるのを見て驚いた。もうそんな季節なのか、と思うと同時に少々服装を間違えたかもしれないな、とも思う。家を出てから今まで一切気にしていなかった周りを見渡せば、確かにマフラーやストールを巻いている人が多い。思ってしまえば、なんだか途端に寒くなってしまう。指先を擦り合わせ、できるだけわかりやすい場所で彼を待つ。気温差で風邪をひいたりしていないだろうか。体が丈夫な人ではないので、心配になってしまう。

「お待たせしました」
「夢野さん!お久しぶりです」
「本当ですよねぇ。吾輩、寂しかったでおじゃるよ〜」
「ふふ。わたしもですよ」

嘘だか誠だかわからない普段通りの会話をし、人通りの多い街から離れる。私とデートするときは必ず変装してきてくれるため、騒がなければ彼のファンに気づかれることはあまりない。人通りがまばらになったところで、彼の指先が私の指先を掠めた。夢野さんは、手を繋ぐのが好きだ。

「…あなた、いつから待っていたんです?」
「え? そんなに待ってないと思いますけど…」
「へえ。小生に嘘を吐くとは、随分ですね」

言葉とは裏腹に指が絡まって、顔を覗きこまれる。彼の体温が心地良い。嘘を吐いたつもりはなかった。待ち合わせ時間の30分前に着いているのはいつものことであったし、今日はそれよりほんの少しだけ早かったかもしれない程度のものだ。そもそも、今をときめく夢野幻太郎先生の貴重な時間を頂いているのだからそんなのは当たり前だと思っていた。

「いつからいたんですか。正確に、何分ですか」
「せいかく…にはわかりませんけど、40分くらい…?」

そう言えば彼は大きな溜息をつき、やれやれと繋いでいない方の手で額を抑えた。きゅう、と指先にこめられる力。私の体温を吸い取った手は、少し冷たくなってしまっている。夢野さんの大切な手を、と離そうとするもがっちり繋がっていて離れる気配がない。

「なんです、離すんですか」
「ゆ、夢野さんの手が冷えてしまう…」
「はぁ? あなた…ほんっと……。はぁ。もういいです。行きますよ」

手は繋いだまま、夢野さんの足はどんどん進んでいく。置いていかれないようについていけば、あっという間に夢野さんのお宅に辿り着いた。あれ、今日はお気に入りのカフェで新作のコーヒーを飲む予定だったのに、と言いはできないが思っておく。どうぞ、と促されお家にあがれば、座っていてくださいと言われたので言う通りにした。数分後戻ってきたのは湯気の立つマグカップを二つ持った夢野さん。

「ミルク入れておきましたので」
「わ、すいません…」

御礼を言ってマグカップの片方を受け取り、両手で握りこむ。あったかいなあ、と思っていればゴトン、と彼がいつもよりは少し乱雑にマグカップを机に置いた。ずい、と距離が近くなり慌てて自分もマグカップを机に置く。波を打ったコーヒーが一滴、机にぽたり。

「女性がからだを冷やすのは感心しません」
「は、はい…」
「小生を待つのは結構ですが、もう少し自分にも気を遣ってください。…風邪でもひいたらどうするんですか」

言われて、数秒。思わず笑ってしまった私に夢野さんは「はぁ?」とでも言いたげな表情をしていた。

「わたしたち、似た者同士なのかもしれないですね」
「…あなた、本当に何を言ってるんです? 寒くて頭おかしくなったんですか?」
「ふふふ。じゃあそれでいいです」

笑ってそう言えば、深い溜め息が返事として返ってくる。こぼれてしまったコーヒーを拭いてからマグカップに口をつけた。あったかい。おいしい。しあわせのあじがする。思ったことをそのまま口に出せば、彼が柔らかく微笑んだ。

「変な人ですね」
「夢野さんに言われたくないですよ!」
「はいはい」


*11月(冬の始まり)/夢野幻太郎



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