選択

あれからどの位時間が経っただろうか。エレンと兄妹の一線を越えてしまってから、今は衣服を整え、ただ無言で膝を抱えていた。エレンも同様に無言で、私の背中にぴたりと自身の背中をくっつけて、もたれ掛かるようにしている。
これから、どうすれば良いのだろう。エレンは吸血鬼になってしまって、そのエレンと身体を重ねてしまって。同意では無かったにしても、これはリヴァイさんへの裏切りではないのか。そう思うとどうしようもなく心が沈んで、はあ、と溜め息をついた。
それでも、エレンを責める気にはなれなかった。だって事の始まりは私が吸血鬼のリヴァイさんと恋仲になった事で、つまりは私が原因だからだ。吸血鬼という種族に対してそういう感情を持つ事は自制すべきなのに、それが出来なかった私の所為。それを思うと、エレンに何も言えなかった。
だから、どうすべきか分からないのだ。エレンを責める事も出来ずリヴァイさんから離れる事も出来ず、ただぐるぐると思考を巡らせても答えは出ず。いや、寧ろ答えを出したく無いのだと思う。だって結局の所、エレンを取るかリヴァイさんを取るかの二択だから。そんなの、決めきれる筈が無い。
そんなこんなでエレンにどう声を掛けて良いかが分からず、ただこの部屋には静寂が流れるだけ。少し動いたりすれば衣擦れの音と床が少し軋む音がして、ただそれだけが互いの存在を主張していた。
そんな気まずい雰囲気の中、その静寂を打ち破ったのは玄関から聞こえる足音だった。

「…なに…?」

つい声を出してしまうが、エレンは何も喋らない。床を映している瞳は何時も通りの金色で、ただ、それに少しだけ赤が混じっているように見えた。
床を軋ませながら次第に此方へ近付いてくる足音に吃驚はしたが、不思議と恐怖は感じなくて。何故だろうと思っていたが、物置の扉の向こうから姿を現した人物に、成る程と思った。

「…リヴァイさん」

私の視界に捉えた人物は紛う事なくリヴァイさんで、少し安心すると同時にどうして此処に、という疑念が生まれた。エレンの事をあれだけ苦手そうにしていたのに、そのエレンが居る今、こうして来るなんて。でも、リヴァイさんが来ているのは分かっている筈なのに、エレンは何も行動を起こそうとはしない。それはどんな意味を示すのか、思考を巡らせても答えは出て来なくて。
ただ、エレンはリヴァイさんから血を貰ったと言っていた。つまりはエレンとリヴァイさんの間に何かがあったと考えるのが妥当な所で、その何かは少なくとも諍いを起こしてでは無かったと言う事か。こんな風に互いに敵意を剥き出しにしていないと云う事は。
それ自体にはほっとして胸を撫で下ろすが、今この状況が良く解ってない事には変わりない。私の目の前に膝を折り目線が近くなったリヴァイさんに問い掛けるように視線を合わせれば、私の不安を掻き消すように頭を撫でてくれた。だけどそれを私は求めていた訳では無い。私は今の状況がどうなっているのかを知りたいのだ。

「…ん、リヴァイ、さん。あの、どうしてエレンに血を…」

それを訊こうとした時、気付いてしまった。そう言えば、リヴァイさんは血を吸わないままなのではないか。良く見てみればやはりまだ余裕は無さそうで、少しきつそうに眉を顰めていた。瞳にも微かに赤が交じっていて、時折それが色を濃くして。
頭を撫でていた手が頬に滑ると、首筋を指で擽られぴくりと身体を揺らした。さっきエレンに吸われた箇所を撫でられれば、血を吸われた時の感覚を思い出して身体が熱くなってしまう。まるで、血を吸われるのを期待しているように。
それは多分気のせいでは無いのだろう。吸血鬼に血を吸われる事に性的快楽を覚える人が多いらしい。そしてそれは私にも当てはまっている、という事だ。

「…いえ、あの…リヴァイさん」
「…悪い」

血を吸って貰う為にはどう言えば良いのかと、取り敢えずはリヴァイさんの名を呼ぶ。でもリヴァイさんは私が言うよりも早く、首筋に牙を立てた。そこに痛みが走ったかと思えば血を吸い上げられる音に恥ずかしくなって、ぎゅっと瞼を閉じる。
やはり、限界だったのだろうか。鈍い痛みと牙を立てられたそこから伝わる熱に余裕なんて感じられなくて。ただ、最初は少し荒かった息が段々と落ち着いてきて、唇を離されれば赤く染まっていた瞳は青に戻っていた。

「…すまねえな」

リヴァイさんは唇を自身の手の甲で拭い、牙を立てた部分を撫でる。少し痛くて顔をしかめたが、直ぐにそれは無くなってただ血を吸われた時の余韻が残るだけ。少しの痛みの中に在る快楽が頭をぼーっとさせるが、そんな場合では無い。
エレンの目の前でリヴァイさんに血を吸われても、エレンはそれを止めようとする事はしなかった。それはどういう事なのか。…エレンがリヴァイさんから血を貰った事に関連しているのだろうか。だって、相手がリヴァイさんだからと言って何の見返りも無く、何の諍いも無く、自身の血を分け与えるとは思えない。後者はこの状況では有り得ないとしても、エレンとリヴァイさんの間に何らかの取引があった事は明白なのだ。
それを問うようにリヴァイさんをじっと見詰めていると、不意に後ろからエレンに抱き締められて其方に意識を取られる。私の首に回されたエレンの腕がまるで渡さないとでも言っているようで、それを強調するかのようにぎゅっとその腕に力が入った。

「…エレン?」

駄目だ、やはりこの状況が全く理解出来ない。自分一人の思考では限界がある。エレンとリヴァイさん、二人の思考を読み取るように視線を行き来させるが、やはり良く分からなくて。そんな私の思考を読みとってか、リヴァイさんが口を開いた。

「…エレンよ、約束は覚えているな」
「…覚えてますよ。だけど、俺が身を引くとは言ってません」

ええと、一体何の話だ。約束とは何の事だ。エレンが身を引くとは、何から。頭に疑問符を浮かべていると、リヴァイさんが言葉を続けた。

「まあ、リルがそれで良いなら…良いが」
「え…と。何の話を、してるんですか…?」

私だけが現状を理解していなくて、それを説明されずにどんどん話が進んでいって。いい加減、説明が欲しい所だ。気まずい雰囲気の中勇気を振り絞って声を出すと、一寸の間を置いてエレンが私の耳に口を寄せてきた。

「…リルとリヴァイさんの仲を認める事を条件に、リヴァイさんから血を貰ったんだ」
「え…」
「だけど、俺は認めただけで身を引くとは言ってない」
「…っ」

はむ、と耳朶を食まれ、その唇の柔らかな感触と熱がじわりとそこから広がって、ぞくぞくとした感覚が背筋を這い上がる。歯が当たればその先を、吸血行為を意識してかぎゅっと身体に力が入って。それでも、嫌なんて感情は湧いて来なかった。

「…なあ、リルは兄ちゃんの事好きだもんな」
「…ん…っ」

多分エレンはそれを解っているのだと思う。解っていて、そうしている。吸血行為に快楽が伴う事、それに私が魅せられている事、それら全てを解っていてそう言うのだ。拒否されるなんて有り得ない事だと解っているからか、私に向けられる言葉だって問いを掛けている訳じゃなくて「そうだよな」という確認のようにも取れる。

「…だから、俺を拒否したりなんて、しないよな…?」

ほら、やっぱり。エレンは全て分かっていて、その上で私の口からエレンにとって都合の良い言葉を言わせようとしている。それを私だって理解している筈なのに、私はどちらかを選ぶ事も、どちらかを拒否する事も出来なかった。

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