種族

嫌じゃなかったのだ。リヴァイさんにされる事が。性的な事も、だけど血を吸われる事が。リヴァイさんになら血を吸われても構わないと、嫌じゃないと、そう思ってしまった。以前の私だったらそんなの駄目だと思っていたと思うけれど、今はそんな事は無い。どういう変化かなんて、私が一番良く分かってる。他の吸血鬼に血を吸われそうになった時は嫌だと、怖いと思っていたのにリヴァイさん相手だとそれが無くて。それはつまり、リヴァイさんは特別という事なのだ。

「…リヴァイさん」

だから、だからまた昨日みたいに触れ合いたいのに、幸せを味わいたいのに。たった一枚の壁でいとも簡単にそれは遮られる。

「どうして、開けちゃ駄目なんですか…?」

ぺたりと手のひらをくっつけた硝子の向こうには、リヴァイさんが立っている。窓という簡単に開け閉めが成される一枚の壁は、今は閉めたまま。それはリヴァイさんが開けるなと言ったからだ。勿論言うとおりにして開けたりはしないが、はいそうですかと簡単に納得は出来ない。だから疑問を口にするが、リヴァイさんは私の方を向かないでぼそりと呟くだけ。

「…今は、やばいからな」
「だから、それはどうしてなんですか」

主語が抜けているその言葉は、予想をつけづらい。やばいとはどういう意味で、此処を開けたらどうなると言うのか。それなのにどうして私の所に来たのか。色んな疑問が私の頭の中をぐるぐると回って、ただ一つのもしかしてに辿り着く。
昨日、言われた吸血衝動の事だ。リヴァイさんは我慢していると言っていた。私に会ったら吸血衝動が出るから、だから合う時間を減らして、その上我慢していると。今は背中しか見えていないが、もしかしたらリヴァイさんはその吸血衝動が出ている真っ最中ではないのか。それなら、する事は決まってる。

「…あの、リヴァイさん」
「…なんだ」
「わ、私の血…吸いますか…?」

どきどきと、好奇心と少しの期待が入り混じった声色でそう問う。少し手のひらに力を入れれば窓が軋んだ音を立て、リヴァイさんは少しだけ此方を振り向いた。その瞳は深紅に染まっていて、何時もより余裕なさげに見える。

「…だから、お前は考えてからものを言え」
「か、考えてから言ってます」

少しだけ呆れたような溜め息をつかれたが、大人しく引き下がろうとは思わなかった。
我慢していると言っていたが、それはいつからなのか。そもそも私に対してのみ我慢しているのか、他の人から血を吸うのも我慢しているのか。他の人、と自分で考えた癖に少し落ち込んでしまって、なんてめんどくさい性格なんだろうと思考が脱線してしまった。それを頭を振る事で白紙に戻して、続きを言う。

「あの…リヴァイさんに吸われるの、嫌じゃ無いです。だから」
「俺が嫌なんだ」
「…どうして、ですか」

一世一代の告白のような、意を決して喋った言葉を直ぐに拒否されて、私の対抗心が刺激された。少しむっとした顔でそう告げれば、リヴァイさんは向こう側から窓に手のひらをくっつけて顔を寄せる。

「…お前にあまり酷い事はしたくない」

そう言われればぼっと顔が熱くなって、それを誤魔化すように視線を下に向ける。狡い、リヴァイさんは。その一言で怒りなんて何処かへ飛んでしまうのだから。

「…吸いたくはあるが、今は加減がきかねえ。暫く吸ってないからな」

そしてまた、リヴァイさんの言葉に胸が揺さぶられる。暫く吸ってないとは、つまりは他の人からも吸ってないという事だろうか。そんな疑問が口をつついて、声に出てしまう。もし違ったら悲しむのは自分なのに、どうしても好奇心は止められなかった。恐る恐る疑問を口に出して、様子を見ながらそれを言い切る。

「他の人の、吸ったりしてないんですか…?」
「お前以外の血を吸おうとは思えねえからな」
「へ…っ」

これはどんな告白だろうか。どんな愛の言葉よりも胸に染みて、どきどきと鼓動が煩くなる。嬉しくて、それと同時に恥ずかしくて、顔の熱を取るように自身の手を頬に当てれば熱くて。きゅうっと苦しくなる胸に手を当ててリヴァイさんを見上げれば唇の間から覗く牙に心臓が跳ねて。あの牙になら、リヴァイさんになら、少しくらい酷くされても構わないなんて思ってしまった。そんな喉にまで出掛かった言葉を一旦飲み込むが、やはり言わないでおく事は出来なくて。

「い、良いです!少しくらい、酷く吸われたって…っ」

衝動的に出た言葉は思ったよりも大きくて、自分でも吃驚してしまった。慌てて口を塞ぐが一度出てしまったものはそのままだ。エレンに気づかれたのではないだろうかと耳を澄ますが、此方に来る様子は無い。聞こえていないのだろうかと胸を撫で下ろし、窓の鍵に指を掛ける。

「…リヴァイさん、少しきつそうですし、私は構いませんから…」

そうだ、酷くされたって構わない。窓の外に居るリヴァイさんは少し余裕が無さそうで、恐らく暫く血を吸っていないからきついんだろうと思う。それをどうにかしてあげたいと思うのは、至極当然の事だ。

「…私で良かったら、吸って下さい」

鍵を開け、窓を開け、シャツの釦を外し襟を捲る。酷くされたって良い、リヴァイさんだったら、安心して身体を任せられる。

「…良いのか」
「良いです。リヴァイさんがきつそうにしてる顔もあまり見たくないですし」

空気を塗り替える為に柔らかく微笑めばリヴァイさんは私の頬に手を伸ばし、触れるだけのキスをして「すまねえな」と言った。
リヴァイさんの指先が私の首筋へと滑り、そこへと顔を寄せられる。首に掛かる吐息にそれだけ近くにリヴァイさんの口があるという事を感じ取って、ぴくりと身体を震わせた。そしてあと少し、なんて所で勢い良く私の部屋の扉が開いて、吃驚して其方を向く。其処には銃を此方に向けたエレンが居て、秘め事がばれた気まずさにどくんと心臓が煩く鼓動を刻んだ。

「…本当に何時も良い所で邪魔が入るな」
「え…っ、あ、え」

リヴァイさんは私から一旦離れて、少し後ろに下がる。私はいきなりの事に頭が働かなくて、その行動を言葉にならない声を出して見ているだけだった。
心臓が煩い。気まずさからか息が詰まって、胸が苦しい。エレンは銃口を此方に向けたままゆっくりと歩を進めてきた。しんと静まり返った室内に響く足音が、さらに思考を遮る。どうしよう、どうするべきなのか決まらなくて、足を動かしてもそこから先にいかない。エレンとリヴァイさんを交互に見ては、リヴァイさんの前に立ちはだかるべきかエレンの方に行って宥めるべきか、迷ってしまう。

「…」

無言のエレンが、更に歩を進めてきて私の手首を引っ張り背中に隠す。相変わらず銃口はリヴァイさんの方を向いていて、でも引き金に指を掛けていない辺り撃つつもりは無いのだろう。だけどこの空気の重さは、どうしても危うい方向にしか考えられない。その所為か撃つつもりは無いと分かった今でも心臓は煩くて、息が詰まる。
リヴァイさんは今吸うのを諦めたのか、更に下がりこう言い残して姿を消した。

「…初めて会った場所で待つ」

そう言ったリヴァイさんの声にはやはり少し元気が無くて、消えていく背中を名残惜しく見詰めていた。

「…どうして」

続く静寂の中でガシャンと音がしたかと思ったら、床に銃が落ちていてエレンは半ば放心したような声でそう呟いた。だが顔が見えなくて、エレンが本当はどう思ってるかなんて分からない。その言葉はどういう意味を孕んだ言葉なのか、どうしての次に来る言葉は何なのか。それを待つように、いや、どう言えば良いかが分からなくて、何も口に出す事が出来ない。

「…なんで、あいつが此処に居るんだよ」

私を咎めるようにそう言われて、ズキンと胸が痛んだ。それに少し悲しそうに言われたから、良心も痛んで。エレンは私がリヴァイさんと逢瀬を重ねていた事を、悲しんでいるのだろう。それはたった一人の妹が吸血鬼に唆されていると踏んだからだろうか。それは違うと言いたかったけれど、強い力で肩を掴まれ痛みを訴える声が出て、私が言葉を紡ぐより先にエレンが口を開いた。

「なんで、血吸わせようとしたんだ」

真っ直ぐと私を見据える金色の瞳には少し濁りがあって、声は落ち着いたままなのが言いようのない不安を煽る。口を開いても言葉を紡ぐ事が出来なくて、そんな私に対して畳み掛けるようにエレンは質問を浴びせてくる。

「…あいつと、どういう関係なんだ」

その言葉にどくんと心臓が跳ねた。そう言うエレンの声には凡そ感情と言うものは感じられなくて、まるで事実から目を背けたいような、答えは求めていないような問いで。そもそも問いでは無く疑問をただ口に出しているような感じだった。それが間違ってもいないのか、エレンは私が答えるのを待たずに口を動かす。

「…これ、あいつがつけたのか」

そう言ってエレンが指を滑らせたのは私の胸元で、そこにはうっすらとキスマークが残っていた。それに吃驚して慌ててエレンの手を離し襟を掴んでそこを隠す。

「こ、これ…は」

今更隠し通すなんて出来る筈無いのに、どうしても身体は勝手にこの状況から逃れようと動いてしまう。エレンは絶対に分かっている、分かっていて、わざとそう言ってる。それが怖くて、エレンの顔を見れない。俯いて顔を背ければ、エレンが息を吐いた音が聞こえた。

「…薄々気付いてた。だけど、きっと間違いだろって、思って…」
「…っ」

やっぱり。その可能性は大いにあった。それなのに実際そう言われると気まずさに息が詰まって、鼓動を荒く刻む。

「だって、相手は吸血鬼だぞ?人間を補食対象としか見てないような奴ばっかで、そんな奴に…っ」
「…っり、リヴァイさんは違うよ…!」

それでも、その言葉には勝手に口が動いた。違う、リヴァイさんはそんな人じゃないと、口が勝手に訴えて。それを聞くとエレンはぎり、と歯を軋ませて、こう言った。

「…あいつの肩持つんだな」
「だ、だって!リヴァイさんは私の血を吸うの、我慢してるって言ったもん!リヴァイさんは違うよ…!」
「リルがそれに騙されてるかもしれないんだぞ!」
「違うもん…!」

絶対違う、リヴァイさんはそんな人じゃない。それが分かって貰えない事が辛くて、目頭が熱くなった。滲んだ涙が目に染みて、声が震えて、情けない声しか出ない。それでも何とか分かって貰おうと、必死に言葉を紡ぐ。

「だって、リヴァイさん辛そうだったもん…!最近、血…吸ってないからって、辛そうにしてたもん…!」
「リルは相手が辛そうにしてるからって、それで血吸わせるのかよ!なんで、…なんで、あいつの方に…!」
「…いた…っ」
「…俺、だって、リルが…っ」

エレンは何かを言い掛けて、はっとしたように口を噤んだ。そしてぎゅっと痛いくらいに手首を掴まれて、ぐいと引っ張られ私をこの部屋から連れ出し階段を降りた。何処に連れて行かれるのかと思っていると、エレンは物置の扉を開けて私を其処に突き飛ばす。足が縺れて尻餅をついて、起き上がろうとした瞬間扉が閉められてガチャリと音がした。

「…え」

まさか。そう思って慌てて立ち上がりドアノブを回す。だけど途中でそれは止まり、完全に回す事は出来なかった。いくら回そうとしても回らなくて、ただガチャガチャと煩い音が響くのみ。勿論ドアノブを最後まで回さなければこの扉を開ける事は出来ない。つまりは、鍵を掛けられたのだ。

「え、エレン…!?」

物置に閉じ込められた。それを理解すると途端に焦りに襲われて、ドンと扉を叩く。開けてと訴えても勿論開けて貰えなくて、更に涙が滲んだ。此処は物置だから窓も無くて、つまり出口はこの扉しか無い。此処からしか、物置から出る所は無いのだ。

「う、うそ…。ね、エレン…?」

焦りからか恐怖からか、出る声は情けなく震えている。どうして私を閉じ込めるのか、私を此処に閉じ込めて何をする気なのか。もしかして、リヴァイさんと対峙する気なんじゃないかと。だけど扉の向こうで聞こえるエレンの声は落ち着いていて、全く予想がつかない。

「…なあリル」
「な、なに?」
「…俺が辛そうにしてたら、同じように手を差し伸べてくれるよな」
「も、ちろん…」

それは当たり前の事だ。エレンが辛そうにしてるとこなんてあまり見たくないし、私が行動を起こしてそれが無くなるのならこれ以上無いくらい嬉しい。そもそも私がヴァンパイアハンターになった理由の一つが、そんな風に辛そうな顔をしてる人を見るのが嫌だった、という理由だ。それはエレンも良く分かってる筈なのに、どうしてわざわざ訊いてくるのだろう。

「…すぐ、戻るからな」

そうエレンは呟いて、この部屋から離れていく。扉の向こうから聞こえる足音が遠ざかっていって、いよいよ此処を開けるつもりが無いのだと分かると胸がざわついた。こんな日差しは疎か月の光さえ入らない暗い部屋に一人残されて、恐怖を感じないという方がどうかしている。

「まっ、待ってエレン!…待って!」

何処に行く気かなんて薄々分かっているが、何をしに行くかが良く分からない。さっきのエレンの言葉が頭の中で反復して、兎に角この部屋から出てエレンを止めなければと、身体を扉にぶつける。だけどやはりびくともしなくて、ただ身体に痛みが響くだけだった。

「…エレン…」

足から力が抜け、すとんとへたり込む。銃を携帯していたら、鍵を壊して此処から出られたかもしれない。だが勿論今は夜で、後は寝るだけの状態だった私は武器という武器は持っていなくて。何も出来ずに、私はただ目の前の扉を見つめていた。

エレンはどうしたのだろうか。リヴァイさんはどうなったのだろうか。そんな不安ばかりが心を埋め尽くして、視界が涙で滲む。ぽたりと涙が床に落ちればそれは時間を経て消えて、また落ちての繰り返し。そんなのが暫く続いた後、玄関から足音が聞こえて来た。エレンが居なくなって凡そ三十分かそこらだろうか。普段から聞いているその足音はゆっくりと此方に近づいて来て、ガチャリと物置の鍵を開ける。そして扉を開けられれば、普段から見慣れている人物が立っている、筈、だった。

「エレン…?」

姿形こそはエレンだったが、少しだけ感じる違和感。私の瞳が涙で滲んでいる所為だろうか。

「…リル」

私の目の前に居る人物が笑めば唇の間から見える白い、尖った歯。そして視線を少し上げれば瞳の色は深紅に染まっていて、思わずびくりと身体を震わせた。それも気にせず相手は距離を縮めて来て、ふわりと抱き締められる。
この温もりも、抱き締められる感覚も、匂いも。全て知っているのに、安心出来るものの筈なのに。なのに、心臓は恐怖からか煩く鼓動を刻んで、全く安心出来ない。
姿形はエレンなのに、深紅の瞳と尖った歯はまるで。それを信じたくなかった、受け入れたく無かった。私を抱き締めているこの人物がエレンだと、思いたく無かった。だけどこの人物をエレンじゃないと確定するには、無理が有りすぎる。
私の顔を無理矢理上げられればまさに見慣れているその顔があり、深紅の瞳と視線が交差して、近付けられた唇からは微かに血の匂いがした。それはまるで吸血鬼みたいだなんて、思いたく、無かった。

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