疑惑

昨日は、リヴァイさんは来てくれなかった。その前に会ったからだろうか、私が怪我したから、気を遣ったのだろうか。それでも私としては、リヴァイさんに会いたかったのだが。

「…リル?大丈夫か?」
「…あ、だ、大丈夫!」

いけないいけない、色々考えすぎてぼーっとしていた。今は食事中なのに。エレンは此方を心配そうな眼差しで見ていて、それに対して大丈夫だという事を伝える為ににこりと笑う。シチューをスプーンで掬って啜り、全て食べ終えたらエレンが「俺が片付けるからリルは座ってろ」と言って食器を持って行った。
片付けくらいなら大丈夫だろうけど、多分エレンは私に早く怪我を治して欲しいのだろう。確かにこの状況が長く続くとハンターとしての仕事も満足にこなせない。もし何かの拍子に傷口が開いてしまったら、治るまでに更に時間が掛かってしまう。だからエレンの行動は当然といえば当然だった。私が普段している事をエレンに任せるのは申し訳無いと思うのは、私の我が儘だろうか。

「…」

食器を片付けるエレンの背中を見て、視線を下におろす。何もする事が無い私は自身の指先をくっつけて、むにむにと揉むようにして暇潰ししていた。だけどそんなのは直ぐに飽きて、足をぶらぶらさせる。兎に角、何もする事が無いと言うのは意外ときつかった。

「…ところでリル、さ」
「う、うん」
「もう、蚊が出る季節だっけ」
「まだ…じゃないかな」

いや、エレンに色々任せるのは申し訳ない、という理由だけじゃないだろう。昨日からエレンの様子がおかしいのだ。何かを探るようにちょこちょこ質問を掛けてきて、少し居心地が悪い。何かをしていれば、それを理由にエレンの質問から逃れる事が出来るから、だから何もする事が無いというのがきついのだろう。とどのつまり、気まずいのだ。こうやってただ座ってじっとしているだけでは、エレンの質問攻めに答えるしかない。

「…だよな」

エレンはそう言うと、洗った食器を食器入れに立てかけて、手の水分をタオルで拭う。質問されるのもあれだが、こうやって沈黙が流れるのも気まずい。もしかして、リヴァイさんとの事がばれてるのではないかと気が気じゃないのだ。

「え、エレン。私ちょっと自分の部屋で休んでるね」

此処にただ居るのは気まずくて、逃げるようにそう言って椅子から立ち上がる。するとエレンは「ああ」とだけ言った。了承の言葉を貰った事自体は良かったが、あまりにもあっさりで拍子抜けしてしまった。更にエレンがどう考えているか分からなくなる。

自室に着いて、ベッドに腰掛けて手の平を横に置く。そこは何時もリヴァイさんが座っている場所で、少しどきりとしたと同時に今居ない事が寂しく思えた。今日は来てくれるだろうか、なんて期待に胸が一杯になって、それが恥ずかしくてベッドに身体を倒しシーツにくるまる。熱い身体とは対照的にひやりとしたシーツの温度が気持ち良くて、それに肌をくっつけるが直ぐに自身の体温が伝わり温くなった。それにすら、リヴァイさんの事を思い出す。こうしていると温もりに抱き締められているみたいで、リヴァイさんに触れて貰った時の感覚を思い出してしまうのだ。

「…リル?」

その私の名を呼ぶ声にどきりとしてしまう。今の声はエレンだ。何故だか途端にいけない事をしているような気がして、恥ずかしさから顔が熱くなってしまう。
直ぐにシーツを自身の身体から取り払って、熱を冷ますように頭を振ってから自室の扉を開けた。そこには何時も通りのエレンが居て、どきどきが治まらない私の心の内とは全く違っていて、焦りからか更に顔が熱くなった気がする。平常心だ、平常心。何もない風を装わないと、エレンにそこをつっこまれそうな気がする。

「…リル、顔赤いぞ。大丈夫か?」
「だっ大丈夫!」

やっぱり。エレンは私の顔に手を伸ばして、撫でるようにその手の平を頬に滑らせた。いきなりの事にぴくりと身体を震わせるが、熱を持ったそこに触れたエレンの手がひやりとして気持ち良くて、その感覚が離れるのが名残惜しくて。思わず離れるのが嫌だとエレンの手を掴んでしまう。だけど直ぐに何をしてるんだと、恥ずかしい気持ちになって慌てて手を離した。

「ご、ごめん!大丈夫だから…っ」

どうしていきなり恥ずかしくなったのか。これは、そうだ。リヴァイさんに何度か頬を触られているからだ。…キスの時に。一つの出来事から芋づる式に色んな事を思い出して、恥ずかしくて堪らない。

「と、ところでエレン、何かあったの?」

それを誤魔化すように思いつく限りの言葉を口にする。今のは何も考えずに出した言葉にしては、良い方だったと思う。エレンは恐らく何か用があったから私の部屋に来たのだと思うし、私の顔の熱さから話を逸らせると思ったからだ。

「…ああ、なんか最近、リル変じゃないかって」
「…え」

だけどこれなら私の顔の熱さについて話を進めていた方が良かったかもしれない。エレンには遠慮という物が無いのか、いきなり核心に触れてきた。
ええと、やはりエレンは私に何か隠し事があるという事に気づいているのか。それとも勘なのか。どちらにせよ、今が悪い状況に転んでいっている事は分かる。これはどう誤魔化すべきなのか。正直に言う、という考えが真っ先に浮かばないあたり、リヴァイさんの存在が私にとってどれだけのものなのか、少しだけ理解した。私は多分、リヴァイさんと離れたくないのだ。それの意味はまだ良く分からないけど、兎に角エレンに正直に言ったらリヴァイさんに会える機会が無くなるという危惧があって、素直に言い出す事が出来ない。
何を言おうかと、どう言おうかと思考を働かせても考えは纏まらなくて、口を開いても声は出なかった。

「…なんか、変わったよな、リル」
「そ、う…?」

ただ、エレンから発せられる質問ではない言葉に有耶無耶な言葉を返すだけ。この状況から逃れる為にはどうすれば良いのか。エレンからの質問を止めさせるにはどうすれば良いのか。それを考えるが、思考が纏まらないばかりか更に頭が混乱する。

「何かあったなら言えよ、俺が…っ」

どうしても気まずくて、それから逃れたくて、考えるよりも先に身体が動いていた。そうだ、何時もリヴァイさんとの時にしてるみたいに、声を出させない為には唇を塞いでしまえば良いじゃないか。エレンの服の襟をぐいと引っ張って、踵を上げてその言葉を紡ぐ唇を塞ぐ。

「…!?」

唇を重ねた所為で何かを言おうとしても、くぐもった声が漏れるだけ。エレンは一瞬吃驚したのか仰け反るが、ゆっくりと私の肩に手を置いて、ぐ、とその手に力が入って身体を離された。

「な、いきなり何して…」

エレンの言う通りだ。一体私は何をしているのだろう。いくら方法が思いつかなかったからと言って、実の兄にキスするなんて。小さい頃にお遊びでしてた事はあったが、今は年齢も状況も違う。お遊びでした、なんて笑って許されるような事では無い。

「ごっ…ごめん!でも、本当に何も無いから…」

エレンの顔を見るのが怖くて、胸板に額をくっつけてそう言った。顔が熱い。心なしかくっついた額に伝わるエレンの体温も高めに感じる。その状態のまま、エレンは私の頭に手をぽんと置いた。

「…まあ、言いたくないなら別に言わなくても良いけどさ」
「…うん」
「俺には好きに甘えてくれよ」
「…ん」

そのまま頭を撫でられて、思わず声が出てしまう。そう言えば、リヴァイさんとあんな関係になってからはエレンに前みたいに甘える事は少なくなっていたかもしれない。変わったとは、そういう事だろうか。あまり甘えなくなったから、それがエレン的には良い変化じゃ無かったのだろうか。だからこうしてその変化の原因を突き詰めようとしているのか。
だけど、言える筈が無いのだ。エレンには。大分熱が引いた顔を上げると、一瞬重なった視線を外すようにエレンは顔を背けた。そして顔を隠すように手の甲を自身の瞳に向けて、私から身体を離す。一瞬だけ見えた頬が少しだけ赤く染まっているように見えたのは気のせいだろうか。

「…っ兎に角、遠慮なんてしなくて良いんだからな。家族、なんだし…」

その言い方が少しだけ自分に言い聞かせるように聞こえたのも、気のせいだろうか。まあ、さっきしたキスが尾を引いているのだろう。あんな事、するつもりなんて無かったのに。兄妹同士でするような事じゃないのに、それをしてしまった。気まずく感じるのも当たり前だ。

「…じゃ、夕飯になったら呼ぶから」

エレンはそう言って踵を返し私の部屋から出て行った。
それから時が過ぎて夕食の時が来たが、エレンに質問される事は無かった。私から言い出す事を待ってくれているのだろうか。エレンの口から発せられるのは他愛もない話ばかりで、出来るだけ空気が重くならないようにと気を遣ってくれているらしい。昼間の事が嘘だったみたいだ。エレンが作ってくれたスープを口に運んで、こくんと嚥下すれば優しい味が口内に広がる。それを飲み終えてシンクへと食器を持って行くと、エレンが片付けてくれた。そしてエレンに早くシャワー入って来いよと言われれば素直にそうして、あっという間に夜を迎えた。
やはりこの怪我でシャワーを浴びるのはきつかった。髪を洗う際にどうしてもそこを濡らしてしまって、ズキズキとした痛みが走る。固まった血が流れていけば少し血が皮膚に滲んで、お湯が触れる度にぴり、と痛んだ。成る可く手早くシャワーを済ませるがぴりぴりとした痛みは続いて、傷口にハンカチを当てて髪の水分をタオルで拭う。ある程度拭い終わって鏡で傷口を見てみれば、やはりハンカチに少し血が滲んでいた。これは血が固まるのを待つべきか、それともまだガーゼ等を当てておくべきか。でもこのままじゃ満足に服も着れないから、やはりきちんと手当てしておくべきだろう。
シャツを羽織り傷口に触れないように片方の肩を出して、リビングに向かう。髪は一旦纏めて救急箱を取り出した。消毒液を傷口に添付してガーゼを切り取り傷口に当てようとするが、場所が場所だからか上手く当てられない。あれ、ここら辺の筈なのになと痛みを感じる場所を目印にガーゼを当てるが、やはりずれているような気がする。これは鏡がある場所でやった方が良いかと立ち上がろうとするが、不意に私の手からガーゼが奪われて、其方に意識が奪われた。

「俺に言えば良いだろ」
「…エレン」

其処に居たのはエレンで、私の手から取ったガーゼを傷口に当てるとテープを手で千切ってそこに貼り付ける。綺麗に固定されたガーゼを手で触って確かめると、エレンにお礼を言った。

「あ、ありがとう」

そう言って肩からずり落ちているシャツの襟を直そうとするが、エレンの指先が胸元に伸びてきてそれは叶わなかった。

「な、なに?」

いきなりの事に身体を震わせ吃驚してしまう。あまりにも遠慮というものが無いからだが、兄妹という事を考えれば意識してしまう方がおかしいのかもしれない。そしてエレンの指先がある一点を指して、その箇所にあるものに更に身体を震わせた。

「ここ、虫にでも刺されたか?」

そんな訳ない、まだそんな季節じゃない。そこにあったのは、薄くピンク色に染まった痕だ。恐らく、リヴァイさんに付けられたキスの痕。それを分かっているのかいないのか、エレンは普段通りに疑問に思った事を軽い口調で聞いてくる。勿論それとは対照的に私の心中は重い。
どうしよう、全く気づいてなかった。気づいていれば隠せただろうに、なんて今更悔やんでも遅い。そもそも虫に刺されたかなんて、昼間にエレンから蚊の季節じゃないよなと聞かれたばっかりなのに、どうして。

「…違う、と思う」

でも、下手な嘘はつけなかった。嘘をつき続けていれば何れ襤褸が出る。だから嘘では無いが答えにもなっていない曖昧な返答をして、エレンの次の言葉を待った。

「じゃあ、これ何なんだろうな」

だけどやはりエレンの口からは事実を突き詰めようとする言葉が出て来る。エレンの腕が私の肩を抑えていて、逃げる事も叶わない。

「…わかんない」

視線を足下に落として、そうぽつりと呟く。意外とこういう痕って残るものなのか。そう言えば人生で初めてのキスマークに喜びより先に気まずさを感じてしまうのはどうなのだろう。

「…そっか」

やっと私の身体からエレンの手が離れて、ほっと胸を撫で下ろす。シャツの襟を正して釦を止めると、手当てに使った道具を直した。そして席を立ち自室に戻ろうとすると、エレンに「早く寝ろよ」と優しく言われて、それにうんと頷いてリビングを後にした。
自室に着くと完全に髪を乾かして、梳かしてからベッドに倒れ込む。今日は精神的に疲れたからか、こうしてベッドに沈み込む身体が気持ちいい。思わず眠気が訪れてきてうとうとしてしまうが、今日こそリヴァイさんが来てくれるかもしれないのだ。それを考えると眠るなんて勿体無い事は出来なかった。
けれど、何時まで経ってもリヴァイさんは現れない。何時も大体同じ時間に来ていたのに、それを過ぎても来なかった。今日もまた、来てくれないのだろうか。それが寂しくて、私だけの温もりが、私以外の温もりが無い事が辛くて。それを誤魔化すようにシーツにくるまった。
今思うと、エレンは全て分かっていたのだろうか。そう言えば好ましく無い交際相手の事を悪い虫と言ったりすると聞く。もしかして、さっきの虫に刺されたとは、その事を言っていたのだろうか。考えてもエレンに問わないと答えが出ない事を考えるのは一旦止めて、早く寝ようと目をぎゅっと閉じた。

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