あげる

※学パロ


今日はバレンタインデーなのだ。
年に一度の、女の子から男の子にチョコをあげてその上気持ちを伝えると言う、誰もが知っている素敵なイベント。
とは言っても毎年友達同士でチョコを交換するという日に落ち着いてしまっているのだけれど。
でも、そんな私でも今年は違うのだ。
今年はエレンという存在が居る。
恋人同士になって初めてのバレンタインデーと言う事で、エレンに渡すなら何が良いかなと考えに考え抜いて、小さいチョコ系のお菓子を色々詰めてみる事にした。
チョコマフィンにチョコクッキーに、型チョコにトリュフ。
甘い物が苦手だったらいけないからどれも甘さを控えめにしてあるが、大丈夫だろうか。
そうやって心配に思うくらいなら事前にリサーチする方が良いとは解っていても、どこか気恥ずかしくて出来なかった。
つまりエレンには内緒で今日という日を迎える事になって、受け取ってもらえるかどうか、不安と期待でどきどきする心臓を抑えて教室の扉を開ける。

「あ、リルおはよう!」

扉を開けてから、私に一番に話し掛けてきたのはクリスタだった。

「おはよークリスタ!」

クリスタの席は丁度扉の近くで、私はその隣。
机の上にバッグを置くと、椅子を引いて席につく。
クリスタの前の席にはユミルが座っていて、此方に体を向けると手をひらひらさせて「おはよ」と言って来た。

「ユミルもおはよう。…でもそこユミルの席だったっけ」

そうだ、今までユミルがそこに座って授業を受けていた記憶は無い。
誰か別の人の席だった筈、と私の前の席に居るサシャに視線を向けると、流石と言うべきか既にチョコを頬張っていた。
机の上には可愛らしい箱とそれにつけられていたであろうリボンがあって、誰かから貰ったのだという事が窺える。

「そこは私の席です」

そこ、と言ってサシャが指さしたのは現在ユミルが座っている場所。
違和感はあったが成る程、今ユミルが座っているのがサシャの席で、今サシャが居るのが…確かミカサの席だった筈なのだが。
ちらりと時計を見ると、あと十分くらいで授業が始まる。
教室を見渡してもミカサはおろかエレンとアルミンも居ない。
机の横にバッグが掛けられている訳でもないし、まだ来ていないのだろうか。
もしエレンが授業が始まる直前に来たらチョコは何時渡せば良いのだろう、と考えて、そもそも皆の前で渡すとかちょっとした羞恥プレイだなと思ってしまった。
友達同士でのチョコ交換とは違って、エレンに、異性に渡すとなると何となく恥ずかしい。
誰にも見られないように渡すにはどのタイミングが良いか今日一日の時間割を見て考えるが、結局の所そんな暇は与えられていない。
休み時間は教室内に居るか移動教室での移動に使うかで、お昼はどうせ教室で食べるしその後の時間はエレンが外に遊びに行ってしまう。
都合よく二人きりになれる時間は無いのだ。
だったらやはり羞恥心を我慢してでも、渡せる時に渡すべきか。
そうやって思案していると、不意に隣から声を掛けられた。

「リル、はい。チョコ」

にこ、とクリスタが微笑みながら差し出したそれは、サシャが机の上に置いていた物と同じ外見をしていた。
成る程、あれはクリスタがくれた物だったのか。

「ありがとー。じゃ私からも、はい!」

クリスタから差し出されたチョコを受け取って、私自身もバッグからチョコを取り出して渡す。
流石クリスタ、女の子らしいし綺麗なラッピングだ。

「ずるいですリル!私には無いんですか?」
「サシャにもちゃんとあるよー。はい。ユミルもどぞ」

そう言ってサシャとユミルにチョコを渡して、バッグから筆箱と教科書類を取り出し机の中に入れる。
必要なものを取り出しバッグのジッパーを閉めようとすると、勢い良く扉が開かれた。

「…はっ、はあ、ま、まだ先生来てないよな!?」

息を切らしながら教室に入って来たのは、エレンとミカサとアルミンだった。
電車が遅れでもしたのだろうか、かなりぎりぎりの時間だ。

「まだ来てないよー。おはよエレン」
「…ああ、おはようリル。た、助かった…っ」
「ミカサとアルミンもおはよー」
「…おはよう、リル」
「お、はよう…リル…」

乱れた息を整える為かエレンは深呼吸をして、自らの席につく。
続いてミカサとアルミンも席につこうとするが、今ミカサの席にはサシャが居て、慌てて机の上を片付けて隣に移動しようとする。
ユミルは重い腰を上げ、前の席に移動した。
あまり移動したくなさそうだったのはスルーしておこう。
やっと席につけたミカサの肩をぽんぽんと叩いて、チョコを渡した。

「…ありがとうリル」
「いえいえ、ところで今日どうして遅かったの?」
「エレンが寝坊して…」
「おいミカサ言うなって!」
「…という事なので」

エレンは私の列の一番前なのに私達の話を聴いていて、即座にミカサの言葉を遮った。
何なんだろう、聞かれたら嫌な事なんだろうか。
でも寝坊したくらい笑って済ませられる話だし、その事を話されて恥ずかしがるようなエレンでは無い筈だ。
何か他にあるのかと考えるが、直ぐに先生が来て思考は中断された。

HRが終わって、一時間目が始まって、何時チョコを渡すチャンスが訪れるかとそわそわして落ち着かない。
視線を前に向けると一番前の席に座っているエレンの後ろ姿が見えて、更に落ち着かなくなる。
ただエレンが視界に入るだけで意識してしまって、心臓が煩くて、こんなんで一日持つのだろうか。
これはもうさっさとチョコを渡すタイミングを作るべきだ。
…なんて思った矢先、今日は厄日なのかと自分の運を疑う事態に陥った。
一時間目が終わって、他の皆は次の授業の準備やら隣席の人と話したりしている時、今なら目立たないのではとバッグに手を掛けた瞬間の事。
エレンは席から立ち黒板の方に向かったのだ。
そして黒板消しで黒板に書いてある事を消し始め、其処で初めて私はエレンが今日、日直であるという事を知った。
あんな前に行かれたら流石にチョコは渡しにくい、早く終わってくれないかなとエレンを見つめていると、クリスタから声を掛けられる。

「ごめんリル、シャー芯持ってない?買うの忘れちゃってて…」
「へ、…あ、あるよ!ちょ、ちょっと待って」

エレンにばっかり意識が持っていかれていて、クリスタにそう話しかけられても頭が働くまで時間が掛かり、事態を理解した私は慌てて筆箱からシャー芯を取り出す。

「はい」
「ありがと、リル」

クリスタは私が渡したシャー芯を受け取ると、一本だけシャーペンにいれて直ぐ私に返した。
それを筆箱に入れて、エレンが席に着いているのを確認して再びバッグに手を掛ける。
が、そんな私の行動に対して狙い澄ましたかのようにチャイムが鳴って、結局エレンにチョコを渡す事が出来ずに二時間目に入った。
それからというものの、天の悪戯かと思うくらいにエレンにチョコを渡すチャンスは潰された。
移動教室の所為であったり、エレンが先生からの頼まれ事で良く席を立っていたり、私が友達と話していたりでなかなかタイミングが合わない。
そんなこんなでもうお昼になってしまった。
あと数時間で、学校からはおさらば。
つまりなるべく早くエレンにチョコを渡さなければ、バレンタインデーという特別な日は実質終わってしまう訳で。
何時ものようにエレンが私の隣の席を借りて、パンをかじり合間合間にお茶を飲みながら談笑する。

「でさ、リヴァイさんもひでーの。俺がちょっとゴミ箱に足引っ掛けて中身が少し出ただけでガン飛ばしてくるんだぜ」
「寧ろそれだけで済んだのは奇跡じゃないの」
「いやその後さっさと片付けろクソがって言われて足蹴られた。未だに痛てえんだけど…」

そう言ってエレンは恐らくその蹴られたであろう箇所を手でさする。
少しくらいの痛みならエレンは気にしなさそうだが、そうするという事は結構痛いのだろうか。
でも、確かにエレンの怪我自体も心配なのだが、それより何よりチョコをきちんと渡せるかどうかが心配で、ちらちらと様子を窺う。
どういう流れでチョコを渡せば自然なのか、そんな事ばっかりを考えて私から話題を提供する事まで頭が回らない。

「…ところでさ」

エレンが最後の一口を食べ終わり、お茶を飲んでこう言った。

「リル…今日、なんかねえの」

その言葉がどういう意味なのか、噛み砕くまでに時間が掛かる。
面白い事とか無いのかという意味だろうか。
今日は私からの話題が無いから、私から喋らせようとしているのだろうか。
だが今日何かないかと言われても、何も行事は無いし何時も通りの時間割で、特に普段と違う事は無い。
毎日面白い事に遭遇する程のお笑い製造機では無いし、何も言えないまま沈黙が流れる。
他の意味かと碌に回らない頭で未だに考えるが、そんな私を見てエレンは席を立ち、パンが入っていた袋をゴミ箱に捨てた。

「…いや、やっぱ良い」

そう言ってエレンは何時も通りに教室から出て行った。
多分体育館かグラウンドで遊ぶのだろう。
エレンが視界に入らなくなった事で少しばかり心の平穏が齎され、ひと息ついた。
そして冷静になった頭で、もしかして私は思い違いをしていたのではと気づく。
さっきのエレンの言葉、もしや今日とは只単に今日というだけでなくバレンタインデー、という意味も含んでいるのでは。
そしてその上での「なんかねえの」の言葉はまた違った意味を持つ。
つまりは、遠回しにチョコを催促していたという可能性もあったという事で。

「…」

やってしまった。
せっかくエレンからチャンスを作ってくれたのかも知れないのに、私はそのチャンスを不意にしてしまったのだ。
もし私の思ってる通りだったらエレンもきっと勘違いしちゃっただろうな、と後悔ばかりが押し寄せてくる。
ちゃんとチョコは用意していて、エレンに渡そうとしているのに。

それからエレンが帰って来たのは、五時間目が始まる直前だった。
六時間目は体育で、着替えの時間に費やされる休み時間と男女で分かれての授業という事で、日直不在の女子側の後片付けは何故か私が抜擢されてしまった。
体育館に散らばったボールを集めて元あった場所に戻したりするだけなのだが、今はこんな事をしてる時間すらも惜しい。
しかも、それが終わってから先生にこれも一緒に運んでと頼まれた日にはエレンが帰るまでに間に合うのかと、心配で心配で堪らない。
結局職員室と体育館を行き来して、更衣室でさっさと着替えやらを済ませて早足で教室へと戻った。
廊下側から見てみると教室内はがらがらで、やっぱりもう帰っちゃったかなと沈んだ気分で扉を開く。

「…リル」

だけどそんな私の予想とは裏腹に、エレンは自身の席に座っていた。

「エレン…、あれ、ミカサとアルミンは?」

教室内を見渡しても、ミカサとアルミンの姿は無い。
それどころか、私とエレンしか居ない。

「先に帰った」
「…そっか」

バッグに教科書とか筆箱やらを詰めて、そのままエレンの所に行く。
何をしているのかと思っていたが、エレンは未だに日誌を書いていたのだ。

「日誌って書く事あんま無いから何書くか悩むよね」
「ああ、まじ何書けば良いんだよ…」
「もう適当で良いんじゃ?」
「…その適当が思いつかないんだよ」

えーと、とエレンは言って必死に今日一日の出来事を思い出そうとしているらしく、それでも中々出て来ないのか頭を抱えている。

「毎回これで時間食うんだよなー」
「ああ、だからミカサとアルミン先に帰ったの?」
「朝も俺の所為で遅刻しそうになったからな。あんまり付き合わせる訳にもいかないだろ」

そう言えばエレンは何故遅刻しそうになったのだろう。
そっちも気になるが、取り敢えず今はそれよりもやるべき事がある。
せっかくの二人きりという、此処に来て漸く巡ってきた運を無駄にするわけにはいかない。
今なら誰も見ていないし、恐らくこれが最後のチャンスだ。
ぎゅっとバッグの取っ手を握りしめ、意を決してエレンに話しかける。

「…ね、エレン。今日、何の日か…解る?」
「今日?あー、えっと。バレンタインデー…だったよな」

エレンは依然日誌に目を落としたままで、目を合わせようとはしてくれない。
ただ、何となく、何となくエレンの頬が赤く染まっているような気がして、これは少なからず今日という日を意識しているのだと、そう思ってしまっても問題は無いのだろうか。
勝手にそう仮定して、次の言葉を紡ぐ。

「うん、それでね、その…エレンにチョコ、作って来たんだけど…」
「まじで!?」
「う、うん」

意外に食いつきが良い、という事はやはりエレンはバレンタインデーを意識してたのかな。
そう思うとさっきまでの緊張感がすっと解けて、それと同時に素直なエレンの反応に思わず笑みが漏れる。

「渡すの遅れてごめんね、はい」

バッグからチョコを取り出して、エレンに渡す。
エレンはそれを受け取ると、力が抜けたかのように机に突っ伏した。

「え、エレン?どうしたの…?」
「俺、てっきり貰えないのかと…昼はスルーされたし」
「あ…あれは私の勘違いというか…ごめんね」
「気にしすぎて、寝つき悪くて寝坊した上に貰えなかったら、俺とんだピエロじゃねえか」
「…え?」
「え?」

私が疑問を投げかけるようにそう言うと、エレンはそんな私に対して疑問を持ったようで同じ言葉を返された。
ええと、つまりエレンが寝坊した理由って、バレンタインデーにチョコ貰えるかどうかが心配だったから、という事で…。

「…エレン、気にしすぎじゃない…?」
「…あ。いや、普通気にするだろ!付き合ってから初めてのバレンタインデーだぜ?」
「まあそりゃそうだけど…私がエレンに何もあげないような人に見える?」
「それは…無い、けど…さ」

途端に静寂が流れる。
さてどうしよう、何となく気まずい。
エレンは相変わらず顔が赤いように見えるし、何て言えば良いのだろうか。
私がそう考えていると、エレンはそれを察したのか顔を上げて、照れくさそうな顔でこう言った。

「…ま、チョコ、ありがとな。リル」

その普段あまり見られないような表情に、胸が高鳴る。
エレンでもこんな顔するんだな、と思うとその貴重な顔を見れただけで、それだけでもうお返しとしては充分過ぎる程だった。

[ 3/80 ]

[*prev] [next#]
[トップ]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -