日常の話

授業中、ちょっと眠気が襲ってきて目蓋が重い。
思考が上手く働かなくて、ノートを取るのも面倒だ。
後で誰かに見せて貰えば良いし、もうこの授業は寝て過ごそうかな、と先生にあまり見られないような席である事に少し優越感を覚えた。
私が寝てても気づかないだろう、そう思って机に肘を立てて目蓋を閉じる。
いくら先生に見つかりにくいと言っても、流石に机に突っ伏したりしたら気付かれる可能性は高い。
というか流石にそんな堂々と寝るのは不可能だ。
私だって一応真面目に今までやってきているのだから、堂々と不真面目な事をやるのは気が引ける。
だから肘を立て、その手で自身の頭を支え、あくまで教科書やノートを見てる風を装い目蓋を閉じた。
あ、寝れそうだな、と意識を手放しかけた瞬間、隣から声を掛けられる。

「リル、リル」

凄く小さい、私を呼ぶ声。
私はその瞬間まさか先生にバレたのではと思って慌てて目蓋を開く。
意識が少し鮮明になって、私を呼んでいた声の主は隣の席のエレンだと言う事が解った。

「ちょっと消しゴム貸してくれねえか」
「…忘れたの?」
「昨日寝る前に宿題して机に置き忘れた」
「お馬鹿」
「良いから貸してくれよ。先生今なら黒板見てるから」
「もう…はい」

消しゴム借りるくらい、そんな怯えなくても良いのにと思ったが、今の授業の先生がリヴァイ先生なら仕方ないか、と思った。
机の上に出していた消しゴムをエレンに渡す。

「さんきゅ」
「うん」

エレンは消しゴムを受け取って、ノートの恐らく間違ったであろう箇所に消しゴムを掛ける。
リヴァイ先生は私達の小声のやり取りは耳に入ってないらしく、無言で黒板に問題文を書いていった。
いや、そもそも私達の声は聞こえないのだろう。
ただでさえ教卓から離れた位置、それに加え一番前の席にコニーが居て、その後ろにいるサシャにわざわざ体をそっちに向けて話し掛けている。
なんて命知らずなんだコニーは。
そして普通に話を盛り上げるサシャも、だ。
今は授業中だというのに、なんて思って私が言える立場では無いな、と頭を空っぽにする為に頭を振る。
流石にリヴァイ先生も堪忍袋の緒が切れたのか、チョークを置き、教卓の上に置いていた教科書を手にしてコニーの頭目掛けて振り下ろした。

「いてっ」

結構凄い音がしたが、あれは大丈夫なのか。
当のコニーは叩かれた所に手を当てて痛みに悶絶している。

「授業中に喋るな」

リヴァイ先生はその一言を口から放って、未だ頭を抑えているコニーに再び教科書が振り下ろされた。
今度は軽い音がして、少し手加減したのだと云うことが窺える。
渋々とコニーは体の向きを前に戻し、開いてすらいなかった教科書を開いた。
あれだけで済んで良かったな、と思った次の瞬間、リヴァイ先生の口から「後で職員室に来い」とコニーとサシャは死刑宣告を受けた。
なんて言うか、その、ご愁傷様である。
リヴァイ先生は再び黒板に向き直し、途中だった問題を書く為にチョークを滑らせた。

「リル、ありがとな」
「あ、うん」

リヴァイ先生にバレないように小声でそう言われて、渡された消しゴムを受け取った。
どうしよう、寝ようかと思っていたけどコニーとサシャがやらかした所為で目が冴えてしまった。
いや、本来ならそれで良いのだろうが、何となく寝るタイミングを逃した事が勿体無く思える。

「…」

ふと、外を見てみると澄み切った青空が広がっていて、今外に出たら気分良いだろうなあと、風に当たりたいなあと思ってしまう。
今のこの授業さえ終われば部活に入っていない私は帰るだけ。
時計に目をやると授業の残り時間はあと20分だ。
あと20分耐えれば、外に出られる。
今週は掃除当番じゃないし、早く帰ってごろごろしたい。
ああ、帰る前にそういやHRがあったか。
兎に角今は早く学校から出たいという思いが先行して、それに加え疲れているのか当たり前の事を忘れてしまっていた。
ふう、と溜め息をついて、机の上に置いていたシャーペンを持ち黒板を見てノートに写す。
やっぱ後で誰かに見せてもらうより自分で書いて終わらせてしまおう。
そしてHRが終わったらすぐ帰ろう。
そう心に決めて授業が終わるまでの間、ひたすらノートを取っていた。

「…やっと終わった」

授業終了の鐘が鳴ってから、短いHRが終わり、やっと帰れるようになった。
一度授業がかったるくなると、時間が経つのが遅い気がする。
それに凄く疲れる気がする。
さっさと帰ろうと教科書とノートとペンケースをバッグに入れ、席を立った。

「リル、もう帰るのか?」
「うん、今日はもう帰るよ」

隣からエレンに声を掛けられて、そう返してじゃあねと手を振ろうとした。
が、更に話は続くようで、私は振ろうとした手を掴まれ引き止められる。

「今日リルの家行って良いか?」
「え?ああ、もしかしてこの間のやつ?」
「ああ。続きさせてくれよ」
「良いよー。じゃ、一緒帰ろ」

私はそう言って、エレンが帰る準備を終わらせるのを待った。
ゲームをしに私の所に来るとは、なんか私の家が溜まり場になっている気がするが、まあ置いとこう。

「エレン、リルの家に行くの?」

そう聞いて来たのは、私の前の席にいるミカサ。
ミカサは既に帰る準備は済ませていて、バッグを肩に掛けてエレンを待っているようだった。

「ああ。こないだの続きさせてもらう」
「ミカサも来る?」

私がそう問い掛けると、ミカサは一瞬躊躇って、でも行くと言ってくれた。
やった女の子が増えた。
最初は家に帰ったらごろごろしようかと思ったが、遊びというなら話は別だ。
学生は遊びという言葉に弱いのだ。
それはそうとエレンとミカサが来ると云う事なら、もう一人誘うべき人が居る。

「アルミーン」

私達よりちょっと離れた席に居るアルミンに声を掛ける。
アルミンはリュックを持って今まさに席を立とうとした所だ。
私が声を掛けたのにアルミンは気づいて、此方を見て駆け寄って来た。

「何?リル」
「私の家にご招待しようかと」
「…何で?」
「今ならエレンとミカサもついてくる!」
「いやいや、まず何をするのか言ってほしいな」
「つまりは私達とゲームして一晩明かそうっていう話」

私がそう言うと、隣から「一晩明かすつもりはねえよ」とエレンにつっこまれた。
うん、エレンはすぐつっこんでくれるから好きだ。

「ね、来るよね?」
「行くのは決定事項なの…?」
「駄目?」
「いや、行くよ。行かせてもらいます」
「やったー」

これでアルミンも揃った。
私はこの三人と遊ぶのが好きだ。
変な気を使わなくて良いし、楽しいし、何より一緒に居ると安心する。

「じゃ、行こっ」

そう言って私達は教室を出た。
昇降口まで喋りながら歩いていって、靴に履き替える。
校門を抜ければ、清々しい風が髪の間を抜ける。
やっと学校から解放された、と一息ついた。
此処から私の家までは徒歩で15分くらい。
現在、私は1人暮らしの生活を送っている。
前居た家から通うのにはちょっと遠すぎるという理由で学校の近くのマンションに引っ越したのだが、それから父の転勤が決まり母もそれに着いて行くという事態が起こってしまったのだ。
私の家へと続く道を進みながら、私達は相も変わらず話を続ける。

「なあ、リルはあれからあのゲーム進めたのか?」
「んー?いや、進めてない」
「なんか俺だけで進めてねえか?」
「最近ちょっとゲームはご無沙汰なもので」

1人であの部屋を使う事になって、思った以上にする事が多く、疲れてゲームをやる気にはなれないのだ。
勿論今回は皆と遊ぶという事で、1人でゲームをするのとは違う。
皆とゲームをするなら、やる気出す。

「ふーん。それなら対戦しようぜ」
「私が最近あまりしてなくて腕が鈍っている所を狙うとは…!」
「完全勝利してやるから覚悟しとけよ?」

にやりとエレンは笑って、勝利を確信してか足取りが軽い。
だけどそんな上手くいかせてたまるか。
こっちには最終兵器があるのだ、ミカサというゲームの達人が。

「ミカサ、バトンタッチ」
「わかった」

私が一言そう言ったら、ミカサは首を縦に振る。
同じ女同士と云う事もあって、私達は仲が良い。
最初は話しかけても会話が続かなかったりしたが、今では普通に話せる。
私に慣れてくれたのかな、と思うと何故か嬉しくなって表情が緩んでしまう。

「ミカサに頼るのはずるいだろ!」

ミカサのゲームの腕を覚えているのか、エレンはさっきまでの余裕たっぷりの笑顔から一転、焦り始めた。

「エレンだって私の腕が鈍ってる時に対戦持ち掛けて来たじゃない。ハンデだと思って頑張って」
「無理だろ!ハンデ重すぎるだろ!勝てねえよ!」
「大丈夫エレン。手加減はちゃんとする」
「ミカサ、手加減宣言しちゃ駄目だよ」

エレンの性格だとその言葉は禁句だ。
その事が解っているのかアルミンはそう言った。

「…っミカサ!馬鹿にすんなよ!」
「馬鹿にはしてない」

ああ、やはり始まってしまった。
こうなってしまえば私とアルミンは蚊帳の外だ。
エレンはミカサに負けるのが嫌ならしく、何時も対抗心を燃やしている。
それでも前に比べれば大人しくなった方だが、やはり根底は変わらないらしい。

「始まっちゃったねーアルミン」
「うん…。変わらないね、ミカサとエレンは」
「あはは。何時もの事だからかアルミン落ち着いてるね」
「慣れっこって言うか、寧ろ何時もの事過ぎてこれが無いと逆に落ち着かないみたいな」
「あー分かるかも」

確かに、あの二人のやり取りを見てると何か落ち着く。
喧嘩する程仲が良いとも言うし、まあエレンが一方的に突っかかってるだけとも取れるが。

「あ」

エレンとミカサが言葉を交わしながらすたすたと歩を進めて行ったが、私とアルミンは此処で止まった。
やばい、自分の家を通り過ぎる所だった。
エレンとミカサはまだ気づいてないのかどんどん先へ進んでいく。

「おーい。エレン、ミカサー。何処まで行くのー?」
「ああ?…あ」

やっと気づいた。
エレンとミカサは足を止めると早足で此方まで戻ってくる。

「私の家忘れてた?」
「リル…解ってて言ってるだろ」
「頭に血が上り過ぎて言い合う事に夢中で私の家を通り過ぎたのに気づかなかった?」
「言うなよ!」

エレンは頬を赤くして、私より先にマンションの中へと入っていった。
顔を見られたくないらしい。
エレンは素直な反応を見せてくれるから、弄ったら面白い。

「ミカサもアルミンも行こ」

さっさと先に行ってしまったエレンを尻目に、残った私達はゆっくりとマンションの中へと入っていく。
先に行ったって私の部屋の前で待つしか無いのに、エレンは馬鹿だなあと思いながらその直情的な姿に笑みが零れた。

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