心配性

何かがおかしい、そう思ったのはハンジさんから渡された飲み物を飲んでからだ。
気づくと袖口が弛んでいて、ズボンも大きくなっていたから。
そこからあれ、私細くなった?なんてプラス思考になっていたが、指先に視線をやると明らかに大人とは言い難い大きさの手があった。
袖口との対比でそう見えるだけかな。
でも、それに加え、地面をみるとさっきよりも視点が近いような。

「…え」

足元、足を上げたらそのまますぽっと抜けてしまいそうな大きさのブーツに私は足を入れていた。
履いていた、というより入れていた、と言う方が正しいような、それくらい大きなブーツに。
なんでこんなにブーツがでかくなっているんだと思い、ちょっと不快だったから一旦脱ごうかとコップを机の上に置き、足に手を伸ばすと袖が私の手を隠してしまった。
ぶかぶかだ、何もかも。
腰を上げるとズボンが下がって、やばいと思いながらもシャツのおかげで下着が見える事は無く、ちょっとほっとする。
何故いきなり身につけているものが大きくなったんだ、なんて思って大して意味を成していない、寧ろ邪魔だと思ったズボンとブーツを脱いだ。
ちょうどシャツの丈が長くてワンピースみたいだし、別に平気だろう。
そう思って袖を捲りあげ、鏡を見に行こうと部屋を飛び出した。
ドアノブの位置が高くなっていて、もしや私以外が巨大化したのかと思ってしまう。
でもまさか、そんな筈は無いと廊下を走った。
何時もより長く感じる違和感。
それに、天井が高い気がする。
そんな事を思いながら角を曲がった瞬間、良く見知った顔と目があった。
でも、違和感がある。
彼はこんなに大きかっただろうか。
巨人化が出来る少年だとしても、普段からこんな大きい筈は無い。
それとも背が一気に伸びたのか。
目があった瞬間、彼は此方に歩み寄り、小首を傾げた。

「…どこから入ってきたんだ?お前」

ぽすん、と私の頭の上にその大きな手が乗せられて、子供をあやすみたいに撫でられる。
髪型が崩れるくらいにわしゃわしゃと頭を撫でられて、その擽ったさに目を細めた。
それにしてもお前って、前は名前で呼んでくれてたのに、なんか寂しいな。
そりゃ、エレンに何も言わずにハンジさんに会わせて下さいって頼んだから、エレンの予定とか省みずに話を進めちゃったから、あまりいい気分では無いのかもしれないけど。

「なあ、どこから入り込んだんだ?親は?」
「親?」
「1人でこんなとこまでなんて、来れる筈無いだろ?お前みたいなちっちゃい奴」
「…ちっちゃ」

なんて失礼な奴なんだ。
確かに小さいけど、これでも最近伸びたし、大体1人でだって来れる。
エレンはどうしてこんな事を言うんだろう。
やっぱり怒ってる?なんて思って顔を良く見てみるけど、怒りは感じられない。
それどころかどこか優しい表情で、私を軽々と抱え上げた。
足が空中を彷徨う。

「えっ、エレン!?」
「あれ、俺の名前知ってるのか?」
「知ってるとかなんとか、なんでそんな事言うの?私の事忘れてないよね?」
「…知り合い?」

エレンは不思議そうに私の顔を覗き込み、記憶の中を探るように各々のパーツをじっくりと見た。

「…お前みたいな年の奴に知り合いは居ない筈なんだけど」
「え…」

流石に酷い。
それは104期に対する暴言ではなかろうか。

「まあ兎に角誰かんとこに連れて行くから。にしてもこんな城に迷子とか…どんな道通って来たんだお前」
「迷子じゃないよ!エレンに会いに来たんだって!」
「俺に?何で?」
「あ、会いたかったからじゃ、駄目なの…?」
「…だから何で」

そう言いかけて、エレンは口を閉じた。
目の前にハンジさんが駆け寄ってくる。

「エレン!良かったー見つかって。今日リルが来てるよ。何時もの部屋」
「本当ですか?…あー、えと、こいつ迷子みたいなんですけど、どうすれば良いですかね?」

そう言ってエレンは私をハンジさんに見せた。
迷子じゃなくてエレンに会いに来たんだって。
そう言いたかったけど、何となく無駄な気がして言わなかった。

「おや」

ハンジさんも大きい。
いったい私はどうなってしまったのだろうか。
私以外の人や物が巨大化しているなんて、目の錯覚だろうか。
と言うか私は此処に居るのに、どうしてエレンはこんな事を言うんだろう。
暫く会ってないから解らないなんて、そんな事は無い筈だ。

「リル出て来ちゃったの?あの部屋で待っててって言ったじゃないか」
「…え?」

エレンはハンジさんの言った言葉に、一瞬停止して私に視線を向けた。
もしや、本当に私が誰か解らなかったのか。

「…リル?」
「うん」
「…え?え、え!?」
「…なに?」

エレンのリアクションの意味が全く解らない私はそう聞き返した。
だけどエレンは私の言葉に返事をする事なく、ハンジさんに質問をぶつける。

「いやいやこいつこんな子供ですよ?リルも小さいけどこいつよりはまだ身長ありましたし」
「なんか凄く失礼な事を言われてるような気がする」
「そうそこで私は思いついたのさ。元々小さいリルが更に小さくなったらどんな風になるか!」
「え、ちょ、無視なの?というかハンジさんも酷くないですか」

元々小さいって、元々って。

「…ん?…私が小さくなってるの?」

ハンジさんの言葉。
私が更に小さくなったらって、つまりサイズが変わっているのは周りではなく、私という事に。

「気づかなかったの?」
「…えええええ!?」

まさかそんな、非科学的すぎる。
なんて思ったが目の前のマッドサイエンティストに、そんな常識は通用しないと悟った。

「…つまりお前はリルだと」
「うん…」

事のあらましはこうだ。
ハンジさんが私に飲み物を出してくれて、エレンを呼びに行ってくれた。
だがその飲み物の中にはハンジさんが故意に薬品を入れていて、私はまんまとそれを飲んでしまったのだ。
子供化するなんて、何を考えてこんなもの作ったのか。
なんて考えてきっと何も考えてないんだろうなと自己完結した。
時間が立てば元に戻るからそれまでゆっくりしていけば良いよ、なんてハンジさんは言って私とエレンを部屋の中へと放り込んだ。
私とエレンは部屋の中に置いてあった椅子に並んで座る。
隣を見てみると、何時もよりエレンが高く、大きく見える。
やっぱり、小さくなっちゃったのか。

「…まあ、良く見てみると確かに面影はあるけど…」
「けど?」
「やっぱ信じられねえよな…」
「…だよねー」

私だって信じられないもの。
こんな、ちっさくなった姿なんて。
ふと、視線を下ろすと其処には控え目になった膨らみがあった。

「…胸減った」
「どうした?」
「いや、何でもない」

ちょっとナイーブな年頃の私には、ちょっと、これは、きつい。
薬が切れたらきちんと元に戻るんだよね、なんて頭の中で繰り返して心を落ち着かせる。

「にしても、今、目の前に居るリルが子供の頃のリル…って事になるんだよな」
「なんかちょっとややこしいけどそういう事だね」
「へえー…」

エレンは物珍しそうにそう言って私の顎を掴み、視線を交差させる。

「ちっせえ」

おい、今の私にはその言葉は禁句だぞ。
その言葉が指すのはどこか、多分全体的な身体の大きさの事を言ってるんだろうけど、今の私はある部分の事を言われてるような気がしてならない。

「ていうかリル…、ちゃんと下着ろよ」

エレンの視線が私の足に行き、頬が少し赤く染まった。
私は今下着とシャツと靴下しか着ていない状態だ。
ジャケットはあの部屋に通された時点で脱いで隣に置いていたし、って置き忘れてきちゃったわ私。

「だって脱げたんだもん」
「だってって…、めくられたらどうすんだよ」

エレンはそう言ってシャツの裾を摘む。
大凡太股の半分辺りまでをカバーするそれが、少し宙に浮いた。

「殴る」
「じゃあ殴ってみろよ」
「…どこを?」
「…此処?」

そう言って挙手するように出されたエレンの手目掛けて拳を振った。
ぽす、と空気が抜けたような、明らかに力が入っていない拳がエレンの掌に命中する。

「力なさすぎだろ」
「そりゃ子供ですから」
「…もし変な奴に襲われたらどうすんだよ」
「…え?」
「だから」

ぎし、と椅子が少し軋んだかと思えば私は椅子に背中をぶつけて、ぐっと手首を逃がさないかのように椅子に押し付けられた。
エレンに押し倒されたと理解したのは、暫く静寂が流れてから。

「リルの今の力で、誰かに襲われでもしてみろよ。太刀打ち出来るか?」
「…そもそもこんな子供が襲われる事はないかと」
「わかんねえぞ」

ぐっと、私の手首を抑えるエレンの手に力が入る。

「…俺が、襲いそうだからな」

信じられない言葉を聞いた気がした。
いやいやまさか、そんな。
脳裏に過ぎったある単語は、次のエレンの言葉でさっぱり消え去った。

「…なんて、冗談だよ。でも、その格好で元の姿に戻った時どうするんだよ。…心配させんな」

ちょっと空気が緩んで、エレンは私の腕から手を離し、上体を起こす。
良かったー、あの単語を言わないで。
エレンが子供相手にそんな、つまりそれって、なんて考えたけど口に出さなくて良かった。

「…考えてなかった」
「その時は本当に…って、…ほらな」

エレンがそう言った時、私はシャツの丈が短くなるのを感じた。
ああ、やっと身体が元に戻ったのか、と理解してほっとすると、同時に途轍もない羞恥心に襲われる。

「ひゃ…っ」

慌ててシャツの裾を伸ばして中が見えないようにするが、少し心許ない。
両足を摺り合わせ、なるべく中が見えないように努める。

「だから言っただろ。元に戻った時の事考えろよ」
「だ、だって、最初は周りが巨大化したのかと…っ」
「…リルそれ、お前1人が縮むより有り得ねえだろ」
「…そう、だけど」

よくよく考えてみれば確かに当たり前の事だ。
私1人が小さくなる方が、明らかにまだ現実的だ。
無意識にそんな筈は無い、と現実逃避していたのだろうか。

「…服、どうしよう」

晒された足元を見て、そう呟く。

「仕方ねえから、ハンジさんに言って服貰ってくるよ」
「あ、ありがとう」

流石にこの格好では彷徨けないから助かる。

「良いか?絶対にこの部屋から出るなよ?俺が戻ってくるまで大人しくしてろよ?」
「うん」
「絶対だぞ?」

念を押すようにそう言われて、再び頷いた。
エレンはその姿を見て、少しでも早く戻ろうとしたのか勢い良く部屋から飛び出して、遠くから何か凄い音がした。
足音が途切れて、もしかして転んだのかと思うと同時に再び足音が聞こえる。
慌て過ぎたのか、転んだみたいだ。
そんな慌てるくらい、私の事を心配してくれているという事が嬉しくて、笑みを零した。

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